糸/たなべゆうき/ちきん

※ この作品は実際の団体・個人等とちょっと関係あります。

 

たなべっていうと、どうしても中学校2、3年のとき同じクラスだった田邉くんを一番に思い出してしまうから、名前の印象がいい。バレー部で、身長が180cmより大きくて、色白で、ちょっと釣り目だけど顔もかっこよくて、中身までは詳しく知らなかったけど、主張し過ぎない感じで、人気があった。音楽祭の発表の直前に、伴奏者だから偶然男子パートの集団の近くに控えていた私に、突然拳を差し出してくれた。ちょっとだけ笑顔を見せて押し返したけど、ほんとうはだいぶ嬉しかったし、危うく何かを期待しそうになった。

教室の後ろの方が騒がしくなってくるが、私の周りの席はまだどこも埋まらない。突然腰を上げて誰かに向かっていく自然な動作も分からない。校舎の中では携帯も使ってはいけないみたいだし、さすがに今日は本も持っていないから、ただ机の上に並んだ紙たちに目を通すフリをしながら意識を過去に飛ばしていた。でも、「田辺悠希」があんな風にちょっとだけ素敵な人だったらいいな~とはそれほど期待していない。人気があって、うるさい人が群がったら面倒だし、彼氏のことを考えると、隣の席の人がかっこよくて浮かれているなんて、なんだか申し訳ないから。

 

もうほとんど人が揃ったざわつく教室の中で、隣の椅子が引かれる音に、あからさまに顔を向けはしないが、体を起こして視界に入れる。

 

「………………女かよ!!!」

 

前下がりのショートカットで身長は低め、入学式にしてはスカートが短い女の子が映った気がしたけど。そうか、高校は男女の区別なく五十音順で並ぶから、隣が男子とは限らないのか。

 

 

 

「まゆちゃん!どこいくの~?」
昇降口の横の自販機にある、紙パックのミルクティーを持った悠希が、駅に向かう途中の私に、後ろから追いついて並んできた。独特の、飄々としているような歩みが、動作が、苦手だという人もいる。けど、私はけっこうどうでもいい。半袖シャツの袖を2、3回折り返すのは、女子の中での流行りだ。
「百均に寄りたいから、今日は駅の方に行くんだ」
「何買うの?私もファイル買いたいから一緒に行っていい?」

悠希は、私のことが好きだとおもう。

「いいよ~。糸買うの」
「糸?ミサンガでも作るの?」
「そうそう」
「わあああ、青春だねっ!」
こういうときばかり、妙に勘がいいんだ。無邪気な悠希への苛立ちより、ただつらくなった。これから部活で大きな試合のある彼に、「がんばってね!」ってミサンガを渡せたら、それなら紛れもなく華やかな青春だけど、きっと私は渡せない。今は恋愛より部活の方が大事だと言われて、相手のためを思い、しばらく距離を置こうと提案したのは私だから。自分で作ったミサンガを自分の部屋に飾って、いいことや悪いことを妄想しながら苦しむのは、お祈りなのか自傷行為なのか、曖昧だ。

 

 

 

ピンク、水色、黄色、白、パステルカラーで重苦しくない、でも勝負に挑むのにもあまり相応しくない、幸せな色を選ぶ。でも、そんなに甘く曖昧で優しいものじゃない。ピンクは恋がずっと続きますように、水色は清々しく頑張れますように、黄色は幸せになれますように、そして白はあなたが好きな色だよ。

これは、私のお守りだ。

早く家に帰って泣きたい。

どちらからともなく、フードコートの椅子に座り込んだ。高校に入ってから出会った人に、自分の話をするのは初めてだった。

「実はうちも、前付き合ってた人が忘れられなくてね、」

この人も、おなじように人に執着して悩んだりするのか。そんなに深刻な顔をして、今日初めて知った私なんかには到底手の届かないような、気持ち悪い感情を抱えながら生きているのか。
「裏アカがあるんだけど、まゆには教えてあげるよ」

簡単に人を信用して嬉しくなってしまう自分が、だるい。

どうして、不幸を共有することで、繋がってしまうのだろう。一緒にがんばろうね!って仲良くなれたらいいのだけど、女の子同士、それだけだと、どうしても上辺だけの仲のような気がしてしまう。

ただ延々と、2人で画面に向き合って、ミサンガの作り方を調べる。
「これなら、色いっぱい入れられるし、初めての人でも大丈夫っぽいよ!」
カフェオレは、氷でだいぶ薄まってしまった。思い込みと意味付けだけをどんどん強化して、私たちの周りの現実は何も動いていかない。

だれか、拳合わせて、勇気をちょうだい。

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「糸/たなべゆうき/ちきん」への2件のフィードバック

  1. 私は「たなべ」っていうと小学校のとき転校してきた女の子が思い出されます。仲が良いわけじゃなかったですが、俺にとっての「たなべ」は彼女の印象が強いですね。たぶん大学に入ってからは何故か人のことを下の名前で呼ぶことが増えたから「たなべ」さんに出会っているのかもしれないけど印象に残んないのかもしれないです。

    「カフェオレは、氷でだいぶ薄まってしまった。」この一文大好きです。

  2. わたしも田辺さんという女の後輩がいて、その子はとっても可愛くて恨めしかったのを思い出しました。不幸の共有って一番仲良くなる感覚がよくわかって、この内容、名前以外オールフリーみたいな状況でよくかけるなあ、と単純に思った。ミサンガとか忘れてたけど青春の象徴だよなあもか。あとはまゆという呼び方が可愛らしくてずるい。

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