針鼠/棘/YDK

 

……ねぇ。
ハリネズミのジレンマって知ってる?
律子が、煙草を燻らせながら問いかけてきた。情事の後にだけ決まって煙草を吸う彼女の横顔がわたしは好きだった。淡白に灰皿と口とを往復する細い手首も。そのあとのキスは苦いからあんまり好きではないのだけれど。
「……あるところに、二匹のハリネズミがいました。とっても寒いので、寄り添って暖を取ろうとします。だけど、ハリネズミは棘に覆われているから、近づきすぎるとお互いに傷ついてしまう。痛くもなくて、寒くもない、そんなぬるま湯みたいな距離感を探すのです」
律子がどうしてこんなことを言い出したのか、その理由は敢えて気づかないふりをした。そして、なんとなく、言い返した。言い返してしまった。悔しくて、悲しかったから。
「でもさ、お互いにあったまろうとしてその結果、二匹が傷ついたなら、それは仕方ないことじゃない?その時はそれが最善だったかもしれないじゃない」
私の一番嫌いな顔をして、律子はそうねと笑った。全てを悟ったみたいな、悲しい笑顔。どうしてそんな風に私を見るの。私の一番弱くてやわらかい部分をしっかりと捉えて離さない、その目。何にも見つめたくなくて、彼女との距離をゼロにした。苦い。なのに、わたしの身体は容易く甘くとろけ始めてしまう。

「好き」
「私も、好き」

最初は、ただの仲の良いママ友だった。お互い色々な苦労とかを慰めあっているうちに、こんな関係になってしまった。私たちは、近すぎるのかもしれない。どこぞの昼ドラよりも、もっと粘着質で、むせ返るような甘さに溺れている。女同士だから浮気じゃない、男とするよりはマシ、最初の頃はたくさん言い訳を並べ立てていた気がする。自分達は悪くないことを主張していたうちは良かったのかもしれない。そこには確かに、旦那や子供に対する後ろめたさが存在していたのだから。

♪〜〜
【着信 凌二】
2人とも気づいている。けど、気づかないふりをする。やっぱりハリネズミ同士にはハリネズミ同士のやり方があるのかもしれない。たとえ血だらけになったとしても。

血の温かさは、寂しさよりもずっと優しい。

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「針鼠/棘/YDK」への3件のフィードバック

  1. ハリネズミのジレンマ、聞いたことあります。棘をテーマにこうした距離感の話をするのに持ってこいのテーマって感じですね。
    そういえば、不倫する人の3割程度はそもそも誰にも罪悪感を感じてない、というアンケートがありましたね。この2人は少し特殊な関係とはいえ、まだ良心が少しでも残ってる人たちなんですかね。

    あと最後に、最初の一人称だけひらがなのわたしだったのが気になりました。多分ミスだと思いますが、同じわたしでもわたしと私だと印象が変わりかねないので。

  2. 携帯電話の着信は、記号で表現するよりも文章を用いるべきだったのでは?そこが全体とのバランスを崩してしまっている気がします。
    どうして律子が主人公をそんな目で見るのか、この文章を読んだ限りでははっきりは分かりませんが、せめてそれを察することのできる描写があってもいいんじゃないかなって。彼女たちが不倫してそれなりの時間が経っているのだろうな、としか分からないので、どうしていきなりそんな目でみるのか。会った時から?それとも最近になってから?そんな細かいことばかりが気になってしまいました。

  3. 痛々しく不健康だけど、緩やかで優しい雰囲気が文章から漂っていて、個人的にこういうテンションの、「女の文章」みたいなものは大好きなので、楽しく読めた。
    恋愛でなくてもそうであるように、女同士の関係の方が圧倒的に、めんどくさい感情や病的な部分が多くあるなと思う。そういうどうしようもない感じが、的確な言葉と流れで表現されていた。

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