棘々しい/棘/なべしま

無邪気な子供の手によってグニグニと揉みしだかれ、キモチワルイ!の叫びとともに再び人口塩水の底に沈没させられていた。看板には大仰に
「棘皮動物ナマコ」
と掲げられており、映画広告並みの派手な色使い、水色の看板と妙に合わず、絶妙な風情。対象年齢に明確に外れ、子供たちの好奇心に晒される場ではあるものの、恋に破れかぶれ、傷心の私にとっては居心地の悪さは心内環境そのもの、心のふるさと、その上ふれ合うはナマコだけときている。青い鳥は見当たらないが、この傷ついた心にはナマコがいるのだ。我が理想郷なのだ。ただし賛否を取れば劣勢気味なので、その辺りは不服であった。

早速二重回しを肘までまくり、と颯爽と決めたいが生憎と、袖のダボつきをどうにも出来ない。肩まで折り上げ、落ちてくる袖をその都度まくることにした。そうした苦労をした挙句、ようやく手にしたナマコはイキが大変良かった。すわお前は芋虫かと思うほど、四肢、は無いが、突っ張るように体を仰け反らせる。驚いてぼちゃんと落っことしてしまう。店の人が睨む。罪悪感にかられる。だが私は悪く無いと再び手を差し入れた。今度は慎重に選び、大人しそうな奴を手に乗せた。コイツはどこかションボリと下を向き、べろんと寝ている。死にかけかもしれない。あるいは悪党よろしく、煮るなり焼くなり干すなり好きにしろと、腹を決めているのかもしれない。日頃食べるイリコに頭を下げたくなるような気持ちよさであった。体の、申し訳程度の棘もツルツルと光り、ナマコなりのイキなのかもしれないとさえ思えた。何も考えていないとも思えた。
「ナマコを水から出さないでください」
「申し訳ないことをしました。何も考えていないのは私でした」
恐縮しながらナマコを水に戻す。

水中で無心にグニグニやっていると、彼女の言葉が思い出される。四ツ谷の駅で私の少しの遅刻、申し訳なさにアンパンを二つ買って彼女にやると、仕方の無い人ね犬じゃあないのよとそれでも旨そうにアンパンを囓っていた。そういえばこのグニグニは、思わず掴んだ去り際の彼女の二の腕に似ている。彼女は良い子であった。度重なる不躾なお願い、飯を食いたいと言えば弁当をこさえ、一人で夏祭りなぞ行かれないと言えば洒落た着物を見立て、手を引いて花火を見せてくれた。
今度の件、彼女との成恋人記念日とでも言う日をスッカリ忘れ、二人で過ごすという約束も忘れ、散歩にふけっていたのは私の落ち度だ。貴方の顔見たくないわとその言葉に袖にされたと思っていたが、やはり謝るべきかもしれない。ありがとうナマコ、女児お墨付きの気持ち悪いクロナマコ。私は彼女に謝罪する。前を向いて生きていくよ。
「お客様、アンマリ刺激しますとナマコの体に障りますから、あのう」
「ハイ、もう止めます。ありがとうございました」

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「棘々しい/棘/なべしま」への4件のフィードバック

  1. 面白いです。。
    棘というテーマがあるなかで、自分の
    書きたいフィールドに引っ張ってきている感じがして、なおかつ面白いのがよかったです。パワーがありました。(自分は最近テーマにがんじがらめになってしまって、辛いです。)

    私はナマコ触ったこと無いんですけど、彼女の二の腕に似てるっていうのはなんかエロい感じがしてよかったです。

    あとなんとなくの感覚なんですが、この作品は縦書きで読みたい感じがしました。

  2. 「申し訳ないことをしました。何も考えていないのは私でした」
    「ハイ、もう止めます。ありがとうございました」
    この辺り、ナマコに対するリアクションか主人公の独白かが曖昧で、どちらにせよ飾り気のない素直な感じの言葉でとてもいい台詞になっている気がしました。
    ただ序盤のナマコに会う理由を説明するところは、もっと引き込むように書いてあればよかったのにと思いました。情景描写と心理描写のバランス?

  3. 棘はどうしても硬いトゲのイメージだったので、柔らかいトゲのあるナマコが題材なのが面白かったです。
    ナマコから彼女を思い出すところから話がぬるぬるしてきて楽しく読めました。

  4. トゲトゲしいものとは正反対にいるようなナマコ。題材にしたトピックも文の雰囲気も独特で面白いと思った。
    気持ち悪いと思われているものになんだか救われる。大体はかわいいとか綺麗なものに癒しを求めるが、一方でこういうものに癒されるというのも理にかなっているのかなと、ふと思った。

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