触らないから/棘/三水

昔、薔薇か何か、そういう刺々しい植物で手を切った。
憤懣やるかたない私にしれっと告げた母の言葉を、よく覚えている。

「動かないモノは人を傷つけたりしないよ。
 あんたが触るから、怪我するの」

ぐうの音も出なくて、手のひらを睨むしかない悔しさもまた、よく覚えている。

早く着きすぎるのも、なんだかがっついてるみたい。せっかく今年は、こっちから連絡しなかったっていうのに。
時間通りに狙った先には、もうあのひとが立っていた。
探すまでもなく、どこといい難いいつもの壁際で。

毎年五月の半ばに、二人で互いの誕生を祝う。
恒例の決まり事は、単に生まれた日が近かった、というのもあるけれど、互いの関係を確かめ合う、という意味合いがなかったとも言えない。
少なくとも私側には、繋いでおきたいシタゴコロがあった。
……あった、だ。今年からは、そういうべたべたした、女の子みたいな関係はやめるんだ。

依存先でも、『伴侶』でもない、ただの友達になる。

決意の表明に無駄な連絡は一切断って、それでも少し落ち着かない気持ちで迎えた五月。
いつもなら三か月は前に組んである予定もとうに過ぎた誕生日当日、彼女からLINEが来て、ちょっとほっとして。
さすがにすぐには会えなくて、ずるずると延ばした六月の土曜日が、その日になった。

随分久しぶりに会う彼女は、見たこともないワンピースを着ていた。
1Hit!! ああ、でもまだ緑は好きなのね。
小走りに近寄って、2Hit!! 化粧始めたのね。私もしてくりゃよかった。
やあとかごめんとか言いながら、いつもの店に真っ直ぐ進む。髪が伸びたのは想定内だ。
隣に並ぶパンプスはもしかして、
「水弾くやつ?」
「そう、でも上から流れてくる」。
3Hit!! いつかいっしょに雨靴買いにいこうとか、言ってませんでしたっけ。
私の足元には、一昨年の誕生日に買ってもらったサンダルがある。

年に一度しか行くことのない店のショーケースには、もう初夏のケーキが並んでいた。
一つずつ選んで、二席三組しかない小さなスペースに身をよせて、改めて向かいの彼女を見る。
服に合わせた無難なバッグと、バランスをとってかラフなGジャンは見覚えのあるものだ。
でも4Hit!! 5Hit!! 首元にも手元にも、揃いで贈りあったアクセサリーの代わりに、違うネックレスと華奢な時計がかかっている。あ、でも好みは変わってない。
ちょっと襟元をかきあわせた。
これで双子ディズニーの時のワンピとか着てきてたら私、たぶん舌かんで死んでる。

近況報告しながら、ケーキをつつく。
お互い微妙に進路が変わって、就活の話になって、運転免許の話やら、新しい推しの話やら。
また戻って、将来の話。前に会った時の会話を思い出す。

お金がないというから、彼女の定期券内の渋谷で、駅ビルの屋上で弁当を持参して、高校の時みたいにたわいもない、先の話なんかして。

「私、長野とか遠いところもいいかなって思うの」

その瞬間、この人の未来に私は居やしないんだということに気が付いた。
彼女を追う覚悟がなかったわけじゃない。
一緒に暮らしたい、共に歳をとりたい、その青写真は本物だったから。
ただ単純に、この人が描いた先に、自然と私の存在がなかったことに驚いて、驚いたことにまた驚いて。

帰り道、無理に直して履いていたサンダルが壊れた。6Hit!! 鼻緒が切れるように、ぶっつり。
一昨年の店の向かいで、似たような靴を買って、その場で履き替えて、笑顔で別れて、
後生大事に持って帰ったのは、そのまんま玄関に放ってあります。

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「触らないから/棘/三水」への5件のフィードバック

  1. ○Hit!!っていうのが(読み方はわからないのですが)軽快な感じでよかったです。もっと重い言い方にしてもより違った感じになって面白そうです。使える場面があればこういう表現使っていきたいです。終わりのあっさり感もいいと思いました。
    幼少期の話と誕生祝の話の分かれ目はよりわかりやすくした方がいいと思います。この文章の場合は流れがしっかりしているので十分それで把握することが出来るのですが。

  2. フラグ回収乙です。時系列に関しては特に違和感を覚えることはありませんでした。いつもの場所、年に一度行くお店など特別な関係が見えてくる表現はいいですね。渋谷でのエピソードを思い返した際に、相手との距離感に気付いたのは過去の話なのか今の話なのか、そのあたりが少し曖昧になってしまったかもしれません。過去の話を話題程度に提示する場合は、視点は現在のまま保っていいと思います。
    なんかこんな話をしていると英語の過去完了の大過去を思い出します。日本語は過去形しかないので時系列は難しくなりがちですが。

  3. hitという表現が軽いのに、書いてあることはなんだか少し重たいような、けだるい雰囲気が感じられて不思議な感覚だった。ただ、真ん中くらいまで何言ってるのかわかりずらくて、苦労した。軽いからこそ、出だしはわかりやすい方がテンポがいいと思う。

  4. hit!!というフレーズは落ち着いた文章にスパイスを入れているようで好きでした。ただ、なぜ、そういう表現をとりいれたのか、もう少しその意義を感じられればよかったかなと思います。読んだあとに消化不良感があったので、書きたいものと実際に書いているものの距離感を感じました。

  5. 重たい、というより生々しくて、共感しようとかではなく、思わず我が身に置き換えてしまいました。一生目をそらし続けたい未来に感じてしまいます。

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