ふたつの太陽/明るい話

「チャンスは一瞬、だぞ」

ルチが緊張した面持ちでごくりと唾を飲むと、ジャン、それにオルのふたりはこくと頷いた。
1,2の3。合図にあわせて、ルチが駆け出す。腰に結んだシャツの背中が、怪盗のマントみたいにひらひら揺れた。


 

石灰岩の崖と草木の緑、そして青い海に街の赤い屋根が映える。白いかべに午後の日差しが跳ね返り、建物に挟まれた道を明るく照らす。その光の中に、ふたりの少年の姿はあった。

「イツツ、何もあそこまで怒らなくてもいいじゃねーか!」
ルチアーノがお尻をさすりながら叫び、ジャンフランコがその隣を歩く。

「この歳にもなってケツ叩きされるとは、さすがルチ。街いちばんの悪ガキ様だ」
「そういうジャンきゅんは優等生のおぼっちゃまじゃねーか。俺みたいなのとつるんでいいわけ?」
「なんで僕らが友達なのか、僕は今でもよくわからないよ。んで、今日は何やらかしたの?」
ルチが茶化して言うと、ジャンはめがねを拭きながらたずねた。

「ほら、肉屋のロドリゴだよ。あいつ最近マエウシロかマイソースだかで浮かれてご機嫌だろ?」
「マエストロ、ね。マイソースって、たぶんドイツ語混ざってるよ」
「そうそう、そのマイスープ。ずっといいこと尽くめじゃスリルがなくて面白くないだろうと思って、豚小屋の鍵を開けようとしたら見つかっちまったってわけ」
ルチがへへっと笑い、ジャンが肩をすくめる。

「それで売り物にイタズラするってのはどうかと思うけどね。んで、お尻ペンペン?」
「ああ。チーズがちょっとばかし人気になったからって急にチヤホヤされちゃって、いい気なもんだぜ。くそう、どうにかしてぎゃふんと言わせたいな」
「おかげで観光客も増えたからね。ほら、あそこにものぼりが出てる」

ジャンが指差した先には、『ロドリゴ・フェリーニの自家製チーズ』と書かれたのぼりが何本か風にたなびいていた。それらはもれなく、にこやかなロドリゴの似顔絵つきだ。
「紹介されてからかなり経つのに、まだまだ人気なんだね……ってルチ?」
ジャンが怪訝そうに横目でルチを見ると、隣にいたはずの彼の姿はとうに消えていた。
視線を巡らせ、すこし先の曲がり角で見知らぬ女の子に話しかけているルチを見つける。小柄なルチと比べると、その女の子はとても大人びて見えた。

「手が早いね。僕にはとてもマネできないや」
ジャンはぽつりとひとりごとを言い、ふたりの方へと歩き出した。近寄って見ると、女の子は思っていたよりずっと背が高い。
「あら、お友達?」
女の子がジャンに気付き、ルチにたずねる。ルチはジャンに向けて手招きした。なんだか渋い表情をしている。

「はじめまして、僕はジャンフランコ・サンデロ。街じゃ見ない顔だね。もしかして旅行かなにか?」
ジャンが話しかけると、女の子はすこし微笑んで答えた。
「わたしはオルテンシア・パロマーレ。ついこないだ、ここへ越してきたの。よろしくね」
「そうなんだ、よろしく。ええっと、何年生?」

「6年生。あなたたちは?」
「負けた!僕らは4年生。やっぱりね、背が高いもん」
「ちょっとだけ年上なだけだから、気にしないで。それと、これはルチアーノくんにも聞いたんだけど……」
「それと、なに?」
ジャンが続きを促す。オルテンシアはしばらく迷っていたようだったが、やがて意を決したように口を開いた。

「両親の仕事の都合で引っ越しが多くて、これまであんまり落ち着いて友達が作れなかったの。だから……もしよかったら、わたしも混ぜてくれない?」

ジャンの中には特に迷いもなく、すぐに「いいよ」と言葉が喉まで出かかった。
そこで突然、ルチがジャンを引き寄せてひそひそ話をはじめた。
「待てよ、俺なんかあの子こわい……こんなグイグイ来る子はじめてだぜ」
「いいじゃん、僕は楽しみだよ」
「ええー……。うーん。しゃーねえなあ。よし、わかった!オル……ごめん、名前なんだっけ?」
「オルテンシア。6月に生まれたから」
「そう、オルテンシア。長いからオルで。仲間に入れてやってもいいが、その前にひとつ条件がある」
「またなんだか面倒なこと言い出すんじゃないだろうね」
ジャンが釘を刺すように言うと、ルチは口を尖らせた。

「んなことしねーって。えー、新たなる同志には、その忠誠を示す機会としてこれから行う計画に参加してもらう」
「その名も、ロドリゴに復讐超計画だ」
「超がついただけじゃん。ヒネリがまったくないね。しかも復讐って言っても逆恨みだし」
ジャンがあっさりと切り捨てる。ルチはめげずに説明を続ける。

「ロドリゴのことを思い返してみてくれ。シェフ帽にハンチング。店の中でも外でも、あいつはいつも帽子を被ってる。俺はそこに秘密があるとみた」
「確かに。フェリーニさん、いつもおしゃれな帽子をかぶってるよね」
「もしかしてそれを取っちゃう、ってこと?ちょっと申し訳ないけど、面白そう!」
ルチは横目でオルににやっとした笑いを返す。

「新しい同志はなかなか物分かりがいい。その通りだ。俺たちは協力してやつの秘密を暴く。俺たちならそれができる!」
ルチには演説のセンスがあると、ジャンは常々感じていた。それはオルにも伝わっているようで、なんだか不思議な高揚感が3人を包む。自然と、口数は少なくなっていた。

「ロドリゴは店を閉めるといつも、散歩して家まで帰る。そのルートがこれだ」
ルチはぼろぼろになった手帳を取り出してふたりに見せた。
「よく調べ上げたね。いっつも算数の授業サボってるだけのことはある」
「へへっ、だてに街飛び回ってないぜ」
ジャンの言葉に、ルチが鼻をさする。きっとあんまり褒めてない。

「んで、ここからが大事。ロドリゴのやつには5秒に一回帽子を直すクセがあるから、普通はそれを狙うチャンスなんてありゃしない。でも、そのクセがなくなる場所がひとつだけあるんだ」
「熱い展開だね!それで、その場所っていうのは?」
オルが目を輝かせた。
「それが、夕日の見える岬。あそこを通る時だけ、あいつぼうっと見とれてやんの。そこを叩くっていう俺の完璧な計画だ。……どうだ?乗らない手はない、だろ?」

3人は顔を見合わせて、にやりと笑った。いざ計画実行だ。


 

波に夕日がこまかく割れて、ちくちくと瞳を刺す。その岬にやってきた小太りの男こそが、今日の犠牲者たるロドリゴその人だった。
ルチの言った通り、彼は目を細めてじっと海を見ていた。

さあ、もうそろそろルチの足音が聞かれてしまう。そこで、高い場所で様子を見ていたジャンが合図を出す。

「おじさま!」

オルが大きな声で呼びかけた。果たしてロドリゴは、まんまと振り返った。きょろきょろと辺りを見回している。

「いまだ!お帽子頂戴!」

ルチが飛び上がって、帽子を掴みにかかる。
その時だ。突風が吹き、ロドリゴは帽子を飛ばされまいと押さえてしゃがみ込んだ。

ハードルのようにロドリゴを飛び越すルチ。その手は、虚しく空を切った。

ロドリゴがゆっくりと立ち上がり、膝をついたルチを見下ろす。
「まーたお前か。あれだけお仕置きされてもまだ懲りてないようだな。いいだろう、それならもっときつーいお仕置きを」

言いかけたところで、ロドリゴは固まった。それもそのはず、いつの間にかやってきたオルが、ロドリゴの頭から彼の帽子をひょいと手に取ったのだから。

ついに明かされたロドリゴの秘密、そこにはオレンジ色に輝く夕日があった。天と地、ふたつの太陽だ。

「……きれい」
オルがそう呟いた。すこし間があって、ルチが笑い出した。ジャンが続けて笑い声を上げる。つられてオルが笑うのを見て、ロドリゴも気が抜けたようで、ついに笑ってしまった。そうして4人は、日が水平線に沈むまでずっと顔を見合わせて笑いあっていた。

 

「さて、秘密を知られたからには……お仕置きが必要だな。君たち、全員うちへ来るんだ」
真顔に戻ったロドリゴがバツの悪い表情をした3人へ語りかける。

「それで、お仕置きの内容だが……ウチの特製チーズを使ったフルコースを食べる、というので許してやる。だが簡単には許さないぞ、せいぜい覚悟しておくんだな」

ジャンとオルは顔を見合わせて、ぱあっと表情を明るくした。いっぽうルチは、顔色が優れない。

「ルチ、どうしたの?具合でも悪い?」
オルが心配そうにたずねる。

「チーズ……いやだ……吐く……無理ムリむり!許して、拷問だ!」
どうやらルチは完全に焦燥しきっている。2人はそれを見てまた笑った。

「もしかしてルチ、ロドリゴにイタズラした理由ってそれ?チーズが食べられないから?」
ジャンが笑いながらからかう。それでも、ルチは大真面目だった。
「当たり前だろ!どうしてあんなの食べれんだよ!うわあ、もうおしまいだ……ってロドリゴ何するちょやめ!」
「お前がチーズを好きになるまで、たっぷりご馳走してやるからな。楽しみだろう、そうだろう!」

ロドリゴはにかにかしながらルチをひょいと抱え上げると、彼の家へと連れて行った。ルチが彼の肩をぽかぽか殴るが効いていないようで、なおもロドリゴは笑っている。
ジャンとオルも2人の後へ続く。宵闇に染まる街に、次々と灯りがともっていった。

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