水無月の振袖/明るい話

「前撮りですか?」
聞きなれないイントネーションで、美容師のお姉さんが聞いてきた。
「こんな時期に」
なんとなく、向こうより口調がキツい気がする。この街への私の印象のせいだろうか。
訊ねてきたくせに、お姉さんは鏡越しに私を見るでもなく、私の髪を触り続けている。やっぱり、なんだかちょっとだけ感じが悪い気がする。私が未だ若いから舐められているのだろうか。
そのとき、前方から口笛が聞こえた。
鏡台に置いたスマホをひっくり返すと、画面には照れ笑いをしている変なキャラクターの白いスタンプ。うさぎともクマともつかない微妙な耳の長さの、イマイチかわいくないキャラクター。
そうだ、このスタンプが私がここに居る理由だ。
今髪をセットしてもらってるよ、と返信し、私は顔を上げる。
鏡越しにお姉さんと目が合った。
「結婚式です。友達の」

 

マヤちゃんと知り合ったのは3年前。ツイッターで同じアニメが好きな彼女を私からフォローした。
なんとなくウマが合った私たちはいつの間にか、ツイッターで感想を言い合う仲からスカイプで、LINEで、自分の実生活の悩みまで共有する仲になっていた。
この3年の間に、何度も実際に会って遊んだりもした。
よく遊ぶグループのメンバーは、私とマヤちゃんの他に共通の知り合いがもう2人。みんな私より年上の女性だった。
マヤちゃんが、そのうちの1人が好きだと私に打ち明けてきたのは、2年前のことだ。

マヤちゃんがもともと女性が好きなのは知っていたし、顔に出やすい彼女だから、なんとなくその人に気があることは察していた。
美人で人好きのする性格の彼女は、妙なところで卑屈で、なかなか行動を起せない。
それでもちょっとでも振り向いてもらおうと奮闘するマヤちゃんはとても素敵だった。
泣きながら電話がかかってきた夜も、ひたすらしんみり話を聴くだけの夜もあった。
女友達の恋をあんなに一生懸命応援したのはじめてだった。
その頃、私とマヤちゃんの間で、ひとつ決めていたことが在る。
マヤちゃんが愛用していたウサギともクマともつかないキャラクターが、ハートを前に差し出しているスタンプ。使いどころが分からないね、と笑ったそれを、私たちは告白が成功したときの合図に決めた。
そして1年前の今日。彼女から使いどころの分からない、最高に嬉しい気持ちになるスタンプが送られてきた日だ。

「終わりましたけど」
8頭身の海外セレブがみっちり並ぶ重たい雑誌を捲っていたら、突然声が降ってきた。
はっとして顔を上げると、伸ばしかけの黒髪が綺麗にアップにセットされていた。持ってきたスズランの揺れる簪がよく映えている。きっと喜んでくれるはずだ。

「有難うございました」
お店を出て、タクシーを拾う。
告げるのはマヤちゃんと、そのパートナーの新居の住所だ。
ちゃんとした披露宴でなくていいの、と聞いたら、××ちゃんがお祝いしてくれるならなんでもいいの、と笑った。
「結婚式ですか」
耳慣れない、けれど柔らかい音で、ドライバーが私に尋ねる。
「はい。大好きな友達の」
あたたかい気持ちで、視界が揺らいだ。

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