1872/明るい話

もしも明治に生まれ変われるのなら、私は点灯夫になりたい。
街道を象る真新しいガス灯に、日暮れに火灯し、夜明けに消して、ただ歩く。
ただそれだけを生業とする人。
海を横目に石畳を踏んで、ひとつひとつ、ちょこまか灯りを点すのだ。

七つの時分に横浜に越してきた時、私はどうにも不機嫌だった。
新しい場所、新しい生活への期待は、山一つ分越える厳しい通学路を前にくだけ散り、別れを惜しんでくれた友達とはもはや自力では会いようもない。もとより父母は共働きなので、やっとこさ家に帰ってきたところで、ただ誰もいない空間に一人。知り合い0。
そもそも越した後の小学校の場所すら知らなかった父親に、なぜこんなところにと問い質すのもむべなるかな。

父親はけろりと答えていわく、

「ガス灯がある街に住みたかったから」

ほう…… なかなかにオリジナリティ溢れる回答である。ちなみにもう一つの候補地は仙台だった。むむう。

予想外すぎる答えに口をつぐみ、残りの五年と四ヶ月、私は大人しく山を登り谷に帰る生活を送った。中学に上がると山が二つになり、高校では多摩川を越え(所謂川向こうというやつ)、しばし都会の平野を満喫。後、地元に戻り大学は、ご存じの通りのYNU(横浜国立、もしくは山ノ上大学)。
もう人生の過半数を越えたこの14年で、遭遇した動物はもぐらと蛇と狸、そして妙にプライドが高くてそのくせ決して一流にはなれない、めんどくさくて素敵なハマっ子たち。豊かな教育環境をありがとうお父さん。

恨みを飲んで件のガス灯を見上げると、そこから淡い橙の光が、鈍いガラスに隠るように、くぐもった柔らかな線で降り注いでくる。
重厚、というよりずんぐりとしたその灯台は、まぁ確かに見ようによっては、異国情緒溢れる、豊かな文明開化の象徴として威風堂々たる姿…… とも思える。

夕方、音もなく灯る文明の光。
淘汰されつつある過去の光。

いとおしむ、という気持ちの色を見上げて、私は明治を夢想する。
法被を翻して、長い棹の先から光の筋をなびかせながら、ひとつひとつ、後ろに光を置いていく。
もし過去に戻れるのなら、私は点灯夫になりたい。

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