妄想評論家/妄想/エーオー

白い壁の静かな個室で男2人は向かい合う。ナフキンを広げシャンパンの泡を嗜み、しばし待てば給仕は皿に乗った紫陽花を運んできた。
「さあ、では早速頂くとしようか」
「そうしよう」
チン、とナイフが僅かに皿に当たる。青と紅のまだらな斑点模様の鞠を小さく切った。口に運ぶ。
「なかなかだね」
「うむ。ぬばたまの瞳を持った女人だ」
「確かに。どうもこの舌触り、待ってと願って死んでしまったようだね」
「余韻はその百年後に咲いた百合かな」
目の前の男はナフキンで口元を拭った。給仕はまた次の紫陽花を運んでくる。今度は切手を貼り合わせて作ったような花弁だ。
「おや。すこしちりりとくるね」
「ふむ、風呂場にいた百足がかわいくなってしまったんだね」
「でも水を張ってしまった。百足は溺れてしまったんだ」
「随分ちっぽけな感傷だなあ。後味が妙ににがい」
「でも僕は好きだよ、こういう味も」
紡がれる言葉。金属がちいさく擦れる音。細切れになる群青。運ばれてきたメインディッシュは血も滴るような。舌鼓を打ちソースまで綺麗に平らげて、ふわふわとした気持ちでグラスを傾け合う。泡が煌めいた。
ふと、腹の中でしゅわしゅわと溶ける心地がした。
「ねえ、きみ」
目の前の男がこちらを見た。底知れぬ黒に黒を重ねたような瞳だった。
「僕たちは、こんなものを食べてしまっていいのだろうか」
グラスをまた傾ける。彼の表情は変わらない。
「なんだい? こんな幸福には見合わないって?」
「いや、そうではないよ。違う、もっと違う」
ふと、1枚の藍が白いテーブルクロスに落ちていた。それはまるでインク溜まりのように、毒々しい光沢に輝きながら染み出してきた。

しんじゃえ、しんじゃえ、しんじゃえ

ナイフが鋭い音を立てて床に落ちた。立ち上がっても泡の音が耳にこびりつく。震えるリキュールが鳴り響く。しんじゃえ、しんじゃえしんじゃえ。終いには同じ音、死体に溜まったガスが昇る音が自分の胃の中からも聞こえて、耳を塞いでも隙間から入り込む。そうして舌に鮮烈に蘇ったのは、あのメインディッシュ。噛み締めた、男に捨てられて狂った女の味。青紫のぶちが広がっていく。熟れた肉が除くまで歯磨きを延々と繰り返し口の中を血だまりにして死んだ女のーー

「大丈夫かい、君」
ナフキンを差し出された。震える手でそれを受け取り鼻をかんだ。
「あ、」
紫紺が、ひとひらふたひら白布にこびりついていた。

*************

突っ伏した目の前の男を見た。鼻をかんだナフキンには青い染み。銀のナイフでこめかみに歯を入れて一周する。象牙色の頭蓋骨を叩けば、しゃなりしゃなりと花びらのこすれる音がする。
ベルを鳴らす。給仕が現れた。
「次はこれにしよう」
「畏まりました」
一礼して手際良く布を広げ始めた。口の中に唾液が溢れ、食べたばかりなのにちいさくぐるると胃が鳴った。

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「妄想評論家/妄想/エーオー」への3件のフィードバック

  1. これと通常の食事がどう違うのか、って念頭に置いて読んでみたけど分からんでしたwでもなんか、味わうべきものを味わってるつもりでも、すぐに味わわれる存在になるというこの仕組みは、意外とどこにでもあるような気がします。

  2. 鮮やかで毒々しい色彩の描写がきれいでした。
    作品全体を通して詩のような世界観だなと思い、またどういった経緯でこの話が練り上げられていったのか、作品の背景が気になりました。

  3. しんじゃえしんじゃえしんじゃえ

    冷静にゾッとしました。これを書いている時のエーオーさんの顔が気になって仕方なかったです。その他の単語や表現も小さなナイフみたいなんですけど、その中に大型のサーベルが入ってきたみたいな、そんな印象でした。この文章はストーリーとして楽しむというより言葉選び、言葉遣いを楽しみながら読めました。

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