目玉風船/妄想/リョウコ

「おつかれさまでーす」

休憩中、事務所で契約更新の書類を書いていたら、社員の野宮さんがいつも通りやる気のない感じで入ってきた。

「あ、おつかれさまです。野宮さんも休憩ですか?」

と、私は書類から顔も上げず、ボールペンを書類に走らせる。
野宮さんは机を挟んで向う側にある椅子に腰かけ、窃盗罪を犯してまでフル充電したスマホをぼけっとした顔で弄りはじめた。
大学の名前が入った安いボールペンは、芯が細すぎて、すこし力を入れると軸がぶれてしまう。
ペン先が紙の繊維にひっかかってなかなかうまく払えない。
真っ白い紙が私の真上にある蛍光灯の光を反射して、ぼんやり光って見える。
そこにアル中が書いたような、黒くて細いミミズの集団がうねうねとのたくっている。
自分が何をしているのかよくわからなくなって、気分が悪くなった。
これ、ゲシュタルト崩壊って言わないのかな。
疲れた目を指で軽くマッサージして、顔を上げる。
スマホのブルーライトで光る、大きな野宮さんの目玉をみつけた。
社員としてはどうなのと思ってしまうくらいに色の抜けた茶髪と、何かの罰ゲームなのと聞きたくなるくらいブスブスとたくさん突き刺さっているピアス。
いかつい見た目ではあるが、無害だし仕事はできるし、何より結構美人だ。
綺麗な二重線の入った大きな野宮さんの目。の中の、ハードコンタクトレンズは特注じゃないとダメだとかいう、大きな目玉。
ぷくっとふくれた目玉の最もせり出たところが、スマホのブルーライトでチカチカ光っている。
白い紙の上に置かれた、黒いボールペンが視界の隅っこで主張した。
そっとボールペンに手を伸ばし、音が鳴らないようにゆっくり芯を出す。
野宮さんは携帯ゲームに夢中で、野宮さんを見つめる私には気づかない。
私はボールペンを握りしめ、構えた。

「野宮さん」
「え」

パチン、と音がして、野宮さんの右目が爆ぜた。

「野宮さん何時までですか」
「私?私今日クローズまで」
「うわ、お疲れっす」
「菅沼さんもでしょ」
「そうです」

妙にリアルで気味の悪い映像が脳みそにこびりついて離れない。
顔を上げて、野宮さんの右目が無くなって居たらどうしよう。
まだあと5分もあったのに、私は事務所をでてきてしまった。

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「目玉風船/妄想/リョウコ」への3件のフィードバック

  1. 野宮と「私」の関係性がもっと知りたくなった。そこが細かく描写されればもっと面白いと思う。

  2. こういう話大好き。漫画にして読んでみたい。目玉を爆発させたくなるこの絶妙な気持ちをどうやって表すんだろうとうきうきする。この話、女同士じゃないと成立しないですよね。あー、こういう静かで攻撃的な話が書けるリョウコさんが羨ましいです。

  3. 心情や情景の描写が丁寧で、妄想に至るまでに主観にすっと入れました。この文量だと枠内に上手く収まっていますし、これ以上書いてしまうと蛇足なような気も。たぶん、物足りないぐらいがちょうどいいんですね。

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