チャコと龍/模倣文/なべしま

車を停め、長靴で新雪を踏みしめる。ヒョッコリ顔を出したのは一匹の痩せこけた犬であった。体毛はゴワゴワとし、目の下には隈のような汚れが溜まっている。しかし犬はどこか嬉しそうにわんと鳴き、尻尾を振ってテケテケと歩き出した。
犬に導かれるがままに進んだ先には、一軒のあばら家があった。かつては蕎麦屋であったその場所は固く閉ざされ、生活の匂いが一切感じられない。先刻の犬はどうやらここの軒下を住処としているらしい。

「オヤお客さんですか。もうお店、やってませんよ」
後ろから呼びかけられて振り向くと、地元の者であろう、ずんぐりとした男が腰に握り飯をぶら下げて立っていた。二言三言会話を交わしていると、犬がこちらへとやって来た。男は犬の頭を多少乱暴に撫ぜる。

「おやじがいなくなった今でも、こうして客を迎えに出てくるんです。不憫なやつじゃありませんか。ほら、食え」
犬は男が持ってきた飯をガツガツと喰らう。男は犬に食事を与えたらすぐ去るとのことだった。もうしばらく見ていたかったので、軽く挨拶を交わして村の男を見送った。しんしんと雪降る林の中に、犬が飯を貪り食う音ばかりが響く。

 

この犬、名を龍といった。店主が健在なうちから、客をこうして店まで案内していたことを思い出す。
「龍、お出で」
店主が呼ぶと、どこで道草を食って遊んでいてもすっ飛んできた姿は随分と可愛らしかった。

その店主亡き今もここに住み続け、客が来れば愛想よく顔を出す姿は畜生ながら哀れなものである。
訪れるたび、客に山ほど土産物を持たせて帰していた店主の姿を思い返す。無骨で不器用ではあったが、実直な人であった。犬もどこかでそれを感じとっているのかもしれない。しばし犬の気持ちを物思う。

 

あなたさまのお言いつけにより、こうしてお客を導いておりますが、肝心のあなたさまはいらっしゃらない。しまいに身体も窶れ毛も解れ、野良犬に身を落としてしまいました。それでも、いつかあなたさまがいらっしゃる日まで、わたくしはこうしてお言いつけを守り通しとうございます───

 

去り際に何かないか、とポケットを探ると丁度堅パンが入っていた。良かった、これならしばらく保つだろう。

「龍、」
名を呼びかけ、細かく割ったパンを放ってやる。果たして犬は、旨そうに咥えて持っていった。

 

 

 

数年の後、猫に出会った。日に焦がされた岬の展望台で、化け猫のごとく老いたその猫はじっと海を見ていた。誰かしらが面倒を見ているのだろう、その風貌こそ整ってはいたが、背負った翳りは龍の姿を思わせた。

 

辺りをブラついていると、この猫に関する張り紙を見つけた。なんでも、この猫の名は「チャコ」。かつてここに在った売店で飼われていた猫だが、飼い主が亡くなった今もここに住み着いているらしい。

「猫さんだあ」
幼い子供がやってきて猫を揉みくちゃにする。奴は多少顔色を変えたものの、逃げ出しはしなかった。年老いたことで逃げ出す体力もなかったのか、それともこの場所から動きたくなかったのか。どちらも正しいように思えた。
子供が猫に構うのに飽き、ようやく解放された猫は陽だまりの中でゴロリと横になる。

 

ああ、龍と同じだ。そう思ったが、今度はやはり違うのではないかとも思い直した。きっと猫は、いや生き物は、もっと自由でいいのかもしれない。
頭の中で描き始めた妄想を搔き消し、ひとまず今はチャコの視線の先、広がる海原を目指すことにした。

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「チャコと龍/模倣文/なべしま」への2件のフィードバック

  1. どうもなべしまさん、なべしまです。
    正直かなり悔しいです。カタカナと会話文完璧だと思いました。文体もすごくそれらしくて、ほんとに悔しいです。
    一文を短くして、語彙をもう少し時代遡る感じにするとよりよいかと。
    いつか共同作業『なべしま』が出来たらうれしいです。

  2. どうも私もなべしまです。
    完璧でした。まじですかって。
    ぞんざいな口調、のほほんとした語尾、えっもうこれ二人が共同作業したらそれでいいんじゃないです?
    とにかく化け物も謎の存在も出さずここまで再現度高いのは感服です。

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