服を買いに行こう/模倣文/五目いなり

これは失恋だ。そう思ったので僕はワンピースを買いに行くことにした。
雨は窓を叩き、伝う雨だれが描く地図がミシシッピ川のように蛇行して消える。ため息をつきたくなる。しかしかび臭い布団に包まるのも御免だし、部屋干しの洋服のせいで湿度が70%を超えるような場所には居たくない。ならばいっそ、役に立たない傘を持ち、豪雨を食らい、湿度の限界を超えてやろうではないか。

そう息巻いて出てきたものの、店に着くころにはすっかり疲弊し、衆人の好奇の目線に射られることとなった。濡れたTシャツがそんなに面白いか。カーゴパンツが水を吸い、膨れているのは確かにちょっと面白いが。こっちを見るなと睨みをきかせて女性向け服屋をうろつきまわる。
「ちょっとあんた」
売り場をくまなく歩き回り、店内を網羅しかけたところで店員が僕の腕をつかんだ。爪が赤い。その上少し大きめの銀色の指輪まで嵌められている。おしゃれだ。おしゃれな指とは裏腹に、強い力でぐいと引かれ、なにやらアルファベットのロゴのついた店に連れ込まれた。
雨の日だからか、それとも時間が早いからか、店にはその店員しかいないらしかった。ほら、と無造作に投げつけられたタオルをありがたく頂戴し、ガシガシと頭を拭く。
「あんたさあ、いや、いいんだけどね。相当怪しまれてたよ。警備員呼ぼうかなんて言われてたんだから」
「はあ、そんなつもりはなかった。悪意はありません」
「壊れた傘なんか持って、目つきも悪くて、犯罪者だよ」
「僕は何もしてません」
冤罪もいいところだが、店員はいいや怖いってばと繰り返す。僕にはその、ごつい飾り付きの赤い爪の方が怖い。
「それで?」
「な、なんですか」
「何買いに来たの。間に合うようならこの店で、済ませて帰った方が身のためだと思うけど」
「ワンピースを……」
「はあ?」
「ワンピースを買いに来たんです」
僕は失恋したと思った。
好きな人がいた。どのくらい好きかというと夢に出るくらい。夢の中、二人でどうでもない立ち話をし別れ際、僕はその人にキスをした。するとその人は腕をつかみ、僕を壁に追いやり、唇を舐めてむにゅう、と自分の唇を押し付けてきたのだ。ほんの数秒、それから速足で去っていった。ああ振られたなと、そう思った。
「なんで?」
「はっと気づいたんです。一目ぼれと同じで。失恋でした」
「ぜんっぜんわかんない。ワンピースもわかんない。気分転換?」
「そうかもしれません」
「わっかんないわあ」
そう言ってその人は店の奥に引っ込んだ。僕は恥を晒しただけか、なんてちょっと悲しくなっていると、再び戻ってきたその手には、オレンジ色のワンピースがあった。
「これでいい?」
「え?」
「いやもちろんお金はもらうけど。これで気は済む?」
「あっ、はい、あのう、ありがとうございます」

ワンピースは白くて薄いガーゼのようなもので包まれ紙袋に仕舞われ、ビニールに覆われて目の前に置かれた。肌着のようなTシャツ一枚しか着ていない今の僕よりも、いい服を着ている、ワンピースのくせに。
紙袋は店の入り口で僕の手に渡された。赤い爪が少し、僕の肌をひっかく。
「さっさと帰りなよ。今度こそ警備員呼ばれるかも。顔つき悪いから」
失敬な。あなたの爪とどっこいどっこいだと思う。
「じゃああなたは何で僕を匿ったのですか」
「だってあんたは犯罪者じゃないだろう」
その人はじゃあね容疑者、なんて無礼な名前で僕を見送り、こっちはこっちで保身のために愛想よく手を振り返した。幸い雨は、上がりこそしないものの小雨になり、おんぼろの傘でも耐えられるくらいには落ち着いていた。帰宅後には薄青い空が広がり、僕のあの苦労はなんだったんだとやるせなくなる。
紙袋を開くとワンピースと一緒に銀色の指輪が転げ出てきた。あの人のだろう。返さなければならない。今度はこのワンピースを着て訪ねて行ってみようか。また犯罪者と罵られそうだけれど。

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「服を買いに行こう/模倣文/五目いなり」への3件のフィードバック

  1. ところどころ難しめの言葉をうまく使っていて感心します。
    最初の「これは失恋だ」っていう出だしは勢いが感じられていいと思います。
    途中の「好きな人がいた」以降がなんか突然感あるので、文章の中に調和できるようにするとより良いのではないかと思います。
    最後の3文は無いほうが色々想像の幅が広がっていいような気がします。

  2. 文の雰囲気は捉えられているかなと。ただ文体でしょうか、それが少し違うような。
    書いてはいるのですが、細々とした文の作り方がもう少し緻密にしたほうがいいかもしれません。文に対する練り込みが足りないように思いました。

  3. どうも、化け狐です。書いてもらったのが嬉しすぎるのでコメントしにきました。
    お話の本人しか意味がわからなそうな感じ、好きだしそういう風に書きたいと思ってるからそんな感じにしてくれてとても嬉しい。内容がとても好き。
    文章の言葉選びについては少し言いたいことがあって、別にこの場で言う必要は全くもってないのだけれども、とりあえずカーゴパンツってなんだろうと思ってしまった。分からないから多分私は使わないなと。基本的に知識がないから、馬鹿が少ない語彙を絞って書いてるようにするとだいぶ近づくんじゃないかと思う。カタカナや固有名詞的、あと数字とかが多分使えないから、ポイントはそこだ。あとは文章の音にもっと耳を傾けると多分それっぽい。濡れたTシャツ云々は挟まってる場所とリズムが絶妙で良かった。それっぽいというか、好き。
    誰が書いたかネタバラシをされてから「ああまじだここお前じゃねえか」となっているので、やっぱりて癖は抜けないなと思う。それも魅力の一つだよね。

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