雨降りでバイバイ/模倣文/エーオー

雨上がりの午後二時半は、なまぐさくてあたたかい。何かに食べられてしまったみたいでこわくなる。おだんごむすびでうまく登校帽がかぶれていない後ろ姿について歩く。
「これあげる」
比奈が振り向いて、握った手を差し出してきた。地面を向いた掌に包まれたそれをすくうように受け取る。耳の大きい、キツネみたいな犬の、スポンジでできたキーホルダーだった。
「なあに?これ」
「そこらへんにあったから、持ってきた」
断ることができなくて、それとなくポケットに突っ込んだ。比奈はいつもこうだ。新しい占いつきのえんぴつも、かわいいベルトのスカートも、窓のついた傘も、「なんか、家にあった」とか「部屋に落ちてた」と言う。みんなは、比奈の家がお金持ちで、新しい文房具やおもちゃが出れば、すぐに買ってもらえることを知っていた。それをわざわざからかったり、すごく羨んだりはしないけど、本当の友達ではないみたいなよそよそしさがある。

「わんわん」
私の席のすぐ横で、比奈が、犬のまねをして、しゃがんで両手を床につき、こっちを見上げていた。
「よしよし、いい子だね」
頭をなでる。小学二年生のころだから、よく覚えていないけど、たぶんこうやって比奈の方から絡んできて、じゃれ合っていたのが、仲良くなったきっかけだ。それから比奈が私によくついてきたり、まねをしたりするようになって、みんなから親友みたいに思われ始めた。

「おまえ、日南子だけどひなって呼ばれてて、同じクラスの長瀬もひなだろ?仲良いけど、お互いにひな、ひな、って呼んでんの?」
そのときはただ、隣のクラスの担任の、体のおおきい仁先生が怖くて、はいって言ったか言っていないかよく分からないくらい曖昧に肯定して、自分では笑顔を作ったつもりでやり過ごした。
「ひな、先生にまであんな風に言われて可哀想。あっちがひなのまねしてくるだけなのにね」
仁先生が見えなくなったあたりで、本気で同情の眼差しを向けられた。そうだよ、そうなんだよ。何も知らないくせに勝手に仲良しとか決めないでよ。ああ、でもね、違うんだよ。

比奈は体が弱くて、学校を休むことが多かった。
「長瀬さんまた休みなの?」
「どうせずる休みだよ。親が甘いから、行きたくないって言えば休ませてもらえるんでしょ」
仲良しのグループで、西門から帰るのは比奈と私だけだから、みんなとは昇降口で別れて、今日は一人で帰らなければならない。
「そんなんじゃないよ。お母さん、連絡帳にちゃんと発熱って書いてるし」
一日中少しも陽が入らなかった雨の日の昇降口は、誰の体温も記憶していなくて冷たい。とっさに否定してしまった私を、みんなの視線が一瞬ずつ刺す。リノリウムの床が光った。

一体どうしたいんだ。親友だと思われたくない。だけど、嘘をついていてもそうでなくても、お金で買えるものなら簡単に手に入るのだとしても、友情まではそうやって解決できなくても、頼むからただあなたが苦しまないでいてほしいと思う。
どこにつけるか定まらない、迷子のキーホルダーをポケットから引き抜く。歩きながら、細かいところをよく見ようと顔に近づけたら、スポンジを包むさらりと薄い生地が、湿った手から滑り落ちて。
「あっ、」
運悪く、側溝の中の濁流に呑まれて、見えなくなった。ひやっとしたけど、思ったより冷静だった。葉から伝った大きな粒がぼたぼたぼたと傘を叩いて、視界全体がワントーン暗くなった気がする。雨が上がったら、蓋を外してもらって探そうか、それとも比奈は、こんなちょっとしたものくらい、人にあげたことも忘れてしまっているだろうか。

1 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 5 (1 投票, 平均点: 5.00,  総合点:5  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「雨降りでバイバイ/模倣文/エーオー」への2件のフィードバック

  1. 個人的な話だが、小学生の頃、いじめられてた子と一緒にいたのを思い出した。だから、この主人公の気持ちが分からなくもない。ただこんな複雑な思いは多分私は抱いてないのは確かだ。彼女がいじめられていたことに対しても当時は何とも思わなかったし、むしろ彼女が私だけに懐いてるのが嬉しかった。でも、八方美人なところがある私には、勿論他のクラスメートとの関係も重要だったのだが、私はどうやってそこを往き来していたのか…ということを考えてしまった。いや、個人的な話で本当に申し訳ない。
    主人公と比奈の名前のところは、先生に言わせると非常にわざとらしいので、説明文に加え、先生には「お前たちは互いにひな、ひなと呼び合ってるのか」と、尋ねさせるくらいがいいと思う。

  2. 模倣文とは思えないほどそっくり、すごく出来の良い文だと思う。リノリウムの床という表現は良いが、元々の作者の文に自然物の描写が多い印象があり、人工物の描写があることに違和感を覚えた。比奈の言い方が適当なのは照れ隠しだと個人的には解釈したい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。