雨天決行(未完)/模倣文/ネズミ&猫背脱却物語

(ネズミ)
今日も雨が降っている。市場にはカラフルな傘を差した人が溢れていて、上から見たらたぶん、色のきつい花畑みたいに見えるんだろう。
パシャパシャと足元で水が跳ねる音がする。長靴を履いた同居人の足音だ。ずいぶんとはしゃいでいるようで、僕の足元に水がはねた。同居人を嗜めるために下を向くと、赤い傘を差した女の子が僕に向かって走ってきた。きょとんと、目を見開いてこちらを見ている。
「ねえお兄ちゃん、何でペンギンがいるの?」
僕が不思議そうな顔をしている女の子になんて説明しようか考えていると、同居人が言った。
「呼び捨てとは失礼だな、お嬢さん。せめてペンギンさん、と呼んでくれないか」
赤い傘の女の子は同居人の方を見て、ぽかんと口を開けた。驚くのも当然だ。だって、普通ペンギンは喋ったりしないのだから。

突然だけれども、僕はこのペンギンと二人で一緒に暮らしている。ペットとか、水族館の動物ではない。普通のアパートの一室で、僕らは同居人同士として二人で暮らしているのだ。
同居人だから僕は彼の為に料理をするし、同居人だから彼は夕飯の買い物についてくる。これはペットでは考えられないことだろう。だから、このペンギンはペットじゃない。
何年か前までは買い物に連れていけばあれが食べたい、これが食べたいと、同居人は僕を引きずりまわしていた。けれども最近はここ数年続いている大雨のせいで船が出せずに新鮮な魚が獲れないから、鯵の刺身が好きな同居人はいつも少し不満そうな顔をしている。ちなみに今日も刺身に出来そうな魚は手に入らないから今夜のメニューは煮魚になりそうで、彼はいつも以上に不機嫌だ。

赤い傘の女の子はベラベラと喋る同居人を手品でも見るみたいな顔で見ていたけれど、しばらくすると後ろからお母さんらしき人がやってきて、手をつないで去っていった。女の子の「ペンギンさんがいたよ、喋ったんだよ」という声にそのお母さんが「良かったわねえ」と返した。のんびり喋るふたりの会話が離れて行く。
僕はビシビシと突き刺さる周りの視線を感じながら、嘴をへの字にまげて魚屋のおじさんにいちゃもんをつける同居人の、長靴を履いた足元を眺めた。人間の僕のものとは違うぺたんとひらぺったい足があることが、なんだかやけに怖いことの様に思えた。

(猫背脱却物語)
「ペンギンと暮らすっていうのはどう?」
そんなことを言われたときに、まず最初に出てきた答えがある。「ノー」だ。そんな訳のわからないものと一緒に暮らすなんて冗談じゃない、という言葉を凝縮した「ノー」の音は、僕が意識をするよりも早く出てきた。けれども「なんで?」と聞かれれば、直感的に出たその音以上の理由も無い。とにかく早く返事をしなきゃ、という思いから口をついた「別に理由なんてないですけど」には、そんな分かりきったこと聞くなよ面倒くさい、が含まれていたけれど、どうやら先輩にはそれが伝わらなかったようで結局その二日後に僕の家にクール便でペンギンが届いた。ちくしょう、勝手なことをしやがって。
そもそもペンギンと暮らす、という意味が分からない。なんだよペンギンって。せめてペットセラピーって言うんならもっと犬とか猫とか、そういう可愛くて扱いやすい動物にしたらいい。犬や猫が駄目ならインコとか文鳥とかそういうのでもいいけれど、ペンギンって。一体それは何処からのチョイスなんだ。奇抜さを追求していけば「何かそれっぽいんじゃね?」という着脱可能なファッションアイデンティティみたいで、中身なんか何もない。空っぽな思いやりに似たそれは全然嬉しくもないどころか、むしろ腹が立つくらいだった。
けれども僕がいくら苛立ったところで宅配便の荷物は届く。クール便のお兄さんを困らせる訳にもいかずに受け取った発泡スチロールの箱を渋々開け、面倒を見切れなくなったらさっさと先輩に押し返そうと思った時、そのつぶらな瞳と目が合った。

結果から言えば、僕とそのペンギンはなんとかうまいことやっていけた。出会い前の心象は最悪だったけれども、そのせいもあってか実物のペンギンとの暮らしはなんと心地のいいものか。いわゆるギャップ萌えと言う奴だろう。なにより言葉が喋れるという点が楽だし、手もかからないのがポイントだ。僕は彼の世話をすることはないし、彼も僕に世話をされることがない。
クール便が届いて三日後、「ペンギン、どう?」と嬉しそうに聞いてきた先輩に本当は「楽しいですよ」と言って事細かなエピソードも語りたかったけれども、癪に触るから僕は「まあまあですよ」と答えた。そのときにニヤッと笑った先輩を見てまた僕はむっとしたけど、その時ばかりは許してあげることにした。
空を雲が覆う日が増えて魚をとるための船も物を運ぶための飛行機もしばらく仕事をしなくなってからも、僕とペンギンの共同生活は続いた。もちろん今も続いている。
空の仕事がめっきり減った今でも先輩は同居人の様子を聞く振りをしながら、僕に仕事の電話をかけてくる。電話口で「お前ならこの天気でも飛べるだろうに」と言うけれど、僕は空での仕事を全部端から断っているから、例にもれず先輩の誘いもお断りだ。雨の日に飛ぶなんて、怖い。先輩の「残念だねえ」というあまり残念そうでない声までがワンセットのやりとりで、それからは反抗期の娘がどうだこうだとか、雨がやんだらすぐに飛行機を出せる様に整備をしているだとか、取りとめのない話をして電話を切るのが僕と先輩のいつものやり取りだ。
今日も先輩からの電話を切る。最近の話題はもっぱらその同居人が何故か僕に謎かけまがいのプロポーズをしてくることで、話題はそこそこ盛り上がるけれど話して何が解決する訳でもないから電話を切った。先輩は「お前の好きにしたらいいじゃないか」と言うけれど、僕の好きなようになんてとっくにしているのだから、どうしようもない。
飛べなくなった僕と、飛べないペンギン。お似合いじゃないか、と言われると腹が立つ。あいつを僕と一緒にしてくれるな、と思うし、そんな理由であいつが僕を気に掛けていると思うと悲しくなる。
ずっと変わらない雨模様の空を眺めて、僕は飛ばない理由を探している。雨はずっと降り続けるから、理由なんか探す間もなくそこにあるのに。

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「雨天決行(未完)/模倣文/ネズミ&猫背脱却物語」への3件のフィードバック

  1. 文体がネズミさん猫背さんでちゃんと切り替わっているのがわかり、凄いなと。内容は完全にああ、って感じですけど。懐かしのペンギン。ここまで内容が濃いと、ネズミさんらしさ、猫背さんらしさに気づくのが大変でした。ネズミさんはそれほど後味の悪い内容を見ないので、気味が悪いで次に続くとアレ?という印象は受けました。

  2. すげえ、なんか2種類のカレーが選べますって感じのやつ!
    本人に似せるという観点でいくには、ネズミくんはもっと文章がすっきり簡潔で、オチももっとすっきりしているようなイメージがあります。あとは、自分に対して何らかのコンプレックスがある主人公だとさらに近くなるかなと(酷い)。
    猫背さんの方は段落の取り方とまくし立て方が「わかる、この感じだ」ってなる。小説だからあれだけど、もっと話題が広範囲にわたるとさらにそれっぽくなりそう。あとは、やっぱり、コンプレックスと自意識とひねくれがもう少し成分として含まれていたら、という印象。

  3. おおおこんな感じに書いたのか!って思いました!二つ書くと違いが如実にでるのでいいですね。如実に出せることが凄い。ネズミさんはもっとネタ感が出る気がします、本人だと。猫背さんのこのつらつらと書き進める感じはすごく似てるなと思いました。淡々としてるというか。

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