爆撃を受けながら/曲/フチ子

少々酔っ払って、夜風に吹かれながら家に帰っているとき、今日を反省して、自分の至らなかさにがっかりしてるとき、彼の返信が遅いとき、人に流され自分のなさに泣きたくなるとき、ぐっちゃぐちゃの気持ちを一瞬でも封じ込んでくれる曲がある。

THE BLUE HEARTSの『月の爆撃機』。人によっては、若かりし甲本ヒロトのクネクネ具合と目の焦点が合ってない具合に、戸惑って恐怖を覚えるかもしれないが、とりあえず聞いてほしい。

誰も見ていないならわたしも寝転んでジタバタしたくなる、爆撃を全身で受け止めてクネクネして、それでも立ち上がりたくなるようなこの曲。色んな角度からぶつけられる、様々な正論に身動きが取れなくなったとき、泣き出してすべて放り込んでとじこもりたくなる。

ここから一歩も通さない
理屈も法律も通さない
誰の声も届かない
友達も恋人も入れない

絶望的な1人の世界にこもってしまうような歌詞なのに、なぜか安心する。わたしの中にも、誰にも侵されない、個人的なスペースが存在するんじゃないか、今のこの気持ちこそがわたしだけの、わたしのための、独り占めできるような部分なのではないか。わたしはこのモヤモヤとした、わたしだけの感情をとじこめて、誰にも見せたくない。

なんでこんなに幸せを感じられなくて、辛くて、寝れないくらいに駄目になっているのに、死にたいとは思わないのだろう。テロや地震があったとき、そこにいたのが自分じゃなくてよかったって漠然と安心しているのだろう。社会貢献できないし、他の人を愛すボランティアに打算抜きで携われないで、それなのに自己愛も崩壊しつつある今、なんでこんなにも自分が大切なのだろう。

整理して考えることができない。結局考えたところで自分の欲望や選ぶ道は変わらなくて、自分の選択がいかに間違いではないかを正当化するだけの行為になってしまう。それなのに、友達に意見を求めたり、ネットの恋愛コラムを読みあさったり、自分の間違いを見つけようとして、見つけた瞬間に目を瞑る。ここに幸せはないとわかっても、そこから逃げることは難しい。

それでも、どんなに人に傷をつけられてバンバンと撃たれても、わたしの身体はわたしのもので、わたしの心はわたしにも他人にもわからない、とじこめられたところにある。誰かのものには決してならない。過去のことを考えてみても、色んな人や概念に支配されたけど、よくわからないタイミングで、衝動的に、支配をかなぐり捨てて逃げてきた。なんだ、こんなにも簡単に逃れられたのか、と拍子抜けするような感覚を味わってきた。

大丈夫。よくわからない月明かりは消えていない。まっすぐに歩けなくても、池にドボンでも、何十発の爆弾を受けても、人間はつよい。生きてしまえるし、生きたいと願ってしまうものだ。

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「爆撃を受けながら/曲/フチ子」への3件のフィードバック

  1. 曲聴きながらベッドで一人クネクネ、ジタバタする夜がまあまああるんですけど、そのプレイリストに曲増えました。なんとなくこれからこの曲聴く気がします。

  2. 他の誰も立ち入れない場所には、なんだか自分すら立ち入れないような気がします。特別な存在になるのがこれだけ難しい世界で、本当に自分だけのものなんてあるのでしょうか。でも、こんなことを言うことに意味はないのかも。錯覚でもなんでも、しっかりとした芯を持てるのならそれで十分なのかもしれません。

  3. この文章を書くメンタル状態の人をよしよしってしてあげたくなります。抱きしめてあげるには脆くて、口だけで慰めるにはあまりにも苦しそう、そんな印象でした。苦しみも楽しみも自分のもので誰のものでもない。楽しいのだけじゃなくて、苦しみすらも分かったふりをされたくない。でも、一人じゃ立てないときは他人と立ってもいいんですよ。なんで偉そうなことを思いました。

    生きてるだけでありがとう、です。

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