夏の孤独/夏/温帯魚

葬儀場の整然としたコンクリートと緑の中で、じりじりと肌に感じる日差しだけが現実感を持っていた。彼が車に乗って去っていく姿を見ながら空洞の外側で動いていた思考は、SFの舞台に夏が多いのはこのどうにもならない現実感があるからだろうということと

なぜ人は夏に死ぬのだろうか。こんなにも騒然とした季節に。

 

涙は出ない。それは単純な強がりか、人前で泣くことをダサいと冷めているのか、どちらにしろ幼稚な理由だ。あるいは、彼の時間を何も思い出せないからだろう。悲しいような気もしたけれど、その悲しさの輪郭が掴めないような。彼がどんな人だったか、何一つと言葉にできない。
彼は車にひかれて死んで、多分それはよくあるとは言わないまでもそれなりに数があることで、僕はその上でさらに多い犠牲者の高校のクラスメイトになったというただそれだけだ。周りのクラスメイトは一様に沈痛な面持ちで、泣いている人だっていた。でも彼らの大半は僕と同じなのだろう。静かな葬儀場の空気を作ることに必死で、それは自然に悲しむことのない僕等への罰のようにも感じた。

彼とは仲が良かったわけではない。だからもし彼と仲良くなっていればと思うのは甘美な想像で、それは彼の生き方が間違っていたと言うことと同義で彼への冒涜だ。何も知らない。そこにいた人も、そこにいる人のことも何も知らない。抵抗のしようもなく突きつけられた無知は僕の心をとても不安定にさせて、だからこんなところは早く去ってしまいたかった。押し出されるような異物感。なぜ人は夏に死ぬんだろうか。蝉の音も夏の暑さも肌を伝いシャツを濡らす汗も何もかもが死の冷たさを拒むようで、夏という季節の中で彼の死だけが現実感を持たなかった。今ここにいる自分も何もかもがちぐはぐだ。

 

誰かと一緒に帰るような気分ではなかった。指と指で端を持ちピンと張り詰めさせた糸を緩ませたような。そんな開放感に罪悪感を持ちながら、僕は葬儀場の敷地を出て雑然とした道路を歩く。古ぼけた標識や色の付いた服を着る人影は葬儀場の整えられた樹木より自然で、少しずつ僕の頭の中を日常に戻していった。
ふと。ここから家まで何も飲まずに帰ることにうんざりとした気分になった。自動販売機を意識しながら足を速める。確かこの道の奥にあったはずだ。

財布から出した硬貨をいれ炭酸飲料のボタンを押したとき、その炭酸飲料が取り出し口に落ちるまでの瞬間に。思い出した去年の夏に僕は引きずり込まれる。

校内の自動販売機にその時も同じ種類の炭酸飲料を買いに行った。その時自動販売機の前には今年死んだ彼がいて、彼も同じ種類の炭酸飲料を買った。彼はそのあとに僕がその炭酸飲料を買うのを見て。それで目を合わせてふと笑いあった。でも結局何も言わずにそのまま別れた。

それだけだ。何でもないそんなことをふと思い出した。だから胸は痛くないけれど、眼の奥にツンとした刺激がある。炭酸飲料のふたを開けて飲んでみたけど、やっぱり悲しみは輪郭を作らない。喉への刺激は心地よいものだけれど、泣きたいようなそうでないなら忘れてしまいたいようなモヤモヤを消し去ってはくれなかった。

 

彼と仲良くなれていたら。思い描いたその願いはとめどない暑さに散らされて、それでも彼の死は今僕の中で夏を押しのけてそこにあった。せめて彼が幸せでありますように。ふいに生まれたその思いだけは何にも反発せず僕の心に残った。

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「夏の孤独/夏/温帯魚」への4件のフィードバック

  1. なんかもう、尊敬してます。夏の葬式だったり、死者との微妙な距離の描写が本当に秀逸だと思いました。

  2. 身の回りの死。泣ける人が羨ましいですよね。その人に対して本当に悲しんでいるような気がして、涙が出ない自分に、なんか罪悪感があるんですよ。
    でも何にも考えないわけではなくて、むしろいろんなことを考えてる。そんな様子がとても上手くかかれているように思います。

  3. 切ない時に馬鹿みたいに泣くことしかできない。
    こうやってじわじわと気持ちがどこかに染み込んで消えてしまいそうなものを、表現する言葉やすべてが素敵だった。

  4. 常々あなたの描く物語を切望していたので、待望の温帯魚諸説に心が躍りました。
    温帯魚さんはなんというか、男女の気怠い雰囲気を書くのが上手いなあと思っていたのですが、こういう木漏れ日の中の少し肌寒くなってしまいながらも何もかもを諦めない感じが、こんなにも上品に表現されるなんて、いやあ流石だなと思います。ファンです。
    夏というキーワード、唐突ではない物語構成、全てにおいてもう好きですというほかない。タダで読んでいんですか、これ。またお願いします。

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