夕立/夏/なべしま

ナルシシズムの塊のまま幽霊と成る惨状を、誰が笑ってくれるだろうか。人間は幽霊を見られない、という通例に則り誰一人とて気付いてくれず、電気の消えた信号の下、深夜二時を徘徊するのみ。

この十字路は見通しが悪い。
車二台分の車道を跨ぐように、細い道が一本はしっている。ミラーはあるが、歪曲した車道によりミラーの存在意義は搾取されていた。
なぜこのような危険な道路を作ったか。
交通事故の未来は確約されているではないか。私はこの道路の犠牲者であり、ならばこの犠牲を人柱とし、現状の改善に努めるべきであろう。ああ私の死の意味、と思ったところで自己嫌悪に陥り憎き道路に肢体を投げ出しひとしきり喚いた。

叫喚は気鬱の解消となる。
目は冴え冴えとし世界が煌めいて見える。この澄んだ目に看板が飛び込んできた。
『ほねつぎ』
とある。だがどう見ても傘屋であり、治療は受けられそうにない。珍妙、その上灯りが点いていた。
骨董は持て囃されるが錆びた洋燈はいかがなものか。世の蒐集家はこれがいいのか。ガラス戸は、ギヤマンとでも言うべき風情。店の主人も古ぼけていた。中は土間のようになっており、畳に座りハンチングを乗せ、こっくりこっくりと舟を漕ぐ。

延々と深夜二時を過ごした身。穴熊のような男でも愛おしい。
誘蛾灯につられるが如く、思わず扉をすり抜ける。
「いらっしゃい」
意外と敏感な男らしく、私が入った途端目を覚ました。
以下数分間、私が見えるのかという鋳型のような会話をし、ようやく彼が傘の骨を継いでいるのだと知る。
「梅雨が明けて閑古鳥、夕立が来るまで暇ですわ」
との言葉は嘘ではなさそうで、世に見捨てられたのであろうビニール傘の群れが畳の上に鎮座している。
「鎮座というより安置ですかな。奴ら棄てられてましたから」
とは随分な言い様である。
同様に道路に打ち棄てられた身としては同情を禁じえない。
夜通しそんな無意味なことをしていたのか、本当に暇なのだろう。
「まぁ兄さん、傘屋に来る用事は一つでしょうよ、骨直します」

さすが傘屋、鮮やかな手つきで私の脚を修理し瞬く間に一本のビニール傘に仕立てる。
それがあんまり自然だったので、真実私は人だったのか傘だったのかよくわからなくなってしまった。
私を畳の群れに加えるとまたこっくりこっくりやり始め、ギヤマンの滑らかな表面には青空が映っていた。昼間から寝るのは商売人としてまずいのではないか。傘であるから、文句はないのだけれども。次は大きな蝙蝠傘にしてほしいとは思う。

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「夕立/夏/なべしま」への3件のフィードバック

  1. なべしまイズムを感じる独特の世界観で、楽しく読ませてもらいました!
    でもいつものような不気味さは無くて、ポップな不気味さというか、怖く無い怪談みたいな印象で、新しさも同時に感じました。
    書く時に何かいつもと違うところを意識した、とかあったら聞いてみたいです。

  2. あー、好き。好きです。
    夏、梅雨の烟る季節が終わり明るい太陽と青空のもと、幽霊と傘というどうにもそのイメージからかけ離れたじめじめとした暗いものが、そうでありそうであってそうではないことをするなんて、夢がある。まとめるのが難しいが、良い。
    古めかしい言葉遣いと言葉選び、なべしまテイストたっぷりの表現が美しく、楽しく読んだ。他に褒め言葉が見つからない。

  3. さすがの世界観ですね。何が起こってるのかは正直よくわからないところがあるけど、言葉の使い方とか文章全体が放つ雰囲気とかでそれも全てこういうものなんだなと読まされてしまうのがすごいと思います。

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