黄昏時、終点にて。/リョウコ/夏

プシュー。気の抜けたバスの声で目が覚めた。
身体が埃臭いシートごと地面に沈み、反動でお尻が持ち上がる。

「終点、終点、です」
「終点?」

くしゅん、とくしゃみが出た。
壊れかけたクーラーの、冷たい風を直に受けたまま寝過ごしてしまった。
よいしょ、と起き上がって、汗ばんだ肌にべたべた張付く革の通学鞄から、財布を取り出し、前方の文字盤を見る。
が、そこには何も表示されていなかった。
いつもは定期券で通っていて、運賃なんて払っていないから、気づかなかっただけかもしれない。
幾らですか、と運転席に声を掛けようとして、私は舌を引っ込めた。
誰も居ない。
終点とはいえ、運転手がバスを放り出して外へ出ていくだなんてことあるだろうか。
仕方なく私は財布を仕舞い、開けっ放しのドアから外へ出た。

八月の重たい湿気を孕んだ温風が、むき出しの肌に纏わりつく。
乗り始めた時には目を突き刺すかのような白い光を放っていた太陽が、今は傾き、橙色の絵具を辺りにまき散らしている。
バスが停車していたのは、一台がやっと通れるくらいの細い道路が巻き付いた、知らない山の麓だった。腐った土がローファーを汚している。辺りには木以外何もないらしく、虫の声すらしない。
何処だろう、此処は。
バス停を見るが、文字が消えかかっていてどうにも読めなかった。
とにかく、帰りのバスを探そう。
私はゆっくり歩きだした。部活でだるくなった二本の足を引きずって、山を下りる。

歩けど歩けど、バス停らしきものはみつからない。
母に叱られるかもしれないが、迎えを呼ぶのが良いかもしれない。
ポケットからスマホを取り出し、ロック画面を開いた。
何かがおかしい。
今が何時だかわからない。数字はそこに表示されているのだけど、内容が全く頭に入って来ない。
母に電話をかけなければ。けれど、ロックの解除方法がわからない。
どうしよう、どうしよう。
冷汗が噴き出す。
誰かの視線を感じる。振り返る、誰も居ない。
すぐ傍を生ぬるい熱が通り過ぎた。振り返る、誰も居ない。
人の気配は確かにするのに、見渡しても辺りには何もない。
頭痛がする程の静けさ、終わりの見えない細くて長い道。
眩暈がして、私はその場にしゃがみ込んだ。

間の抜けた着信音、はっとして画面を開く。母からだった。

「もしもし?」
こんな時間までどこでなにやってるの!早く帰って着なさい!
「うん、終点まで来ちゃって。帰りのバス停も見当たらなくて」
迎えに行ってあげる。何処かわからないの?
「バス停の字が読めないの」
周りに誰か居ない?聞いてみたら?

周りに。私は辺りを見た。

あ。

少し先に、先ほどまで見えなかった橋がかかっている。
そしてそのちょうど中ごろに、茶色っぽい服を着た誰かが、立っている。

「聞いてみる」

やっと帰れる。ほっとして涙が出そうだった。
先程より身体が軽く感じる。一歩、一歩。私は足を前へと進めた。

「すみません、此処の最寄りのバス停って、何て言うんですか?」

最後の一歩、私はその人へ向かって足を踏み出した。
その人には、首が無かった。

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「黄昏時、終点にて。/リョウコ/夏」への3件のフィードバック

  1. ホラーの空気感は割と好きでしたが、オチが少し弱いかなと。見たときにぞわっとくる感じがあまりなかったです。すっと入ってきちゃいました。じっくり考えてはっと気づいてゾクッとする、っていうのがホラー文章だと思うので…でも難しいですよねぇ

  2. ふざけんな
    と、怖いもの嫌いの私が思ったので怖い話としてすごくいい作品なんだと思います。バス乗れなくなったらどうするんですか。

  3. バス乗り過ごして知らないバス停って経験あるからすごく怖かったけどありがちな怪談オチでちょっと安心しました。

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