大人になったということ。/夕方/味噌の

今の僕が渇望してたまらない、夕焼けの風景の話をする。

冒険をしたくて、幼馴染のあの人と草を掻き分けて河原の堤防を越えたことがあった。あの頃河原は子どもだけで行くことを禁止された遊び場で、でもだからこそ大きな魅力を持った場所に思えて、怒られるのはわかっていたのに二人で堤防を越えたのだ。今思えば、禁止を超えることで自分たちはもう十分立派だと証明したかったのかもしれない。幼稚園児が大人なわけがないのに。もう15年も前のことだ。

お日様と同じ、キラキラしたきれいな川。メダカの学校。川の中にも誰かが住んでいるかのように沈む自転車。ゆらゆら揺れるイカ。散歩中の犬の声。草がいっぱいの金色の地面。そこは確かに、冒険にふさわしいきれいな場所だった。いつも帰りを急かしてくるあの大嫌いな5時の鐘も、不思議と全く気にならなかった。もしかしたらこのとき、子どもたちの無邪気な時間を終わらせるあの鐘の音を超えた瞬間、僕たちは子どもの心のまま本当に大人になっていたのかもしれない。そんな夕焼けの魔法にかかっていたのかもしれない。穏やかな時間が流れていて、車の音も散歩をするおばさんたちの声も気にならないくらいで、そうだ、それはまるで僕とあの人だけ別の世界にいるように思えて……まあそれは探しに来た母さんたちの声ですぐに壊されてしまったわけだけど。

今でもときどき夕焼けを見ると、あの河原に行くと、その日のことを思い出す。錯覚ではなく、僕はあの頃に比べて随分と大人になってしまった。一緒に冒険したあの人ともすっかり疎遠になってしまい、連絡なんて全く取っていない。とっくに気がついている。まぶしくて綺麗に見えた川は、本当は汚染でとても汚かった。あの魚たちはメダカなんかじゃないもっと小さな別の魚で、そもそも魚に学校なんてない。あれはただの群れ。自転車はただの不法投棄のごみ。イカなんて川に住んでいるはずがない。あれも捨てられたただの白いごみ袋。あの瞬間は魔法のかかった僕たちだけの世界なんかじゃなくて、ただの田舎の、小さな日常の風景にすぎなかった。そうだ。大人になった今の私にあの美しい風景は見えない。今もあの河原は大好きな場所だけど、夕焼けに照ると美しいのは変わらないけれど、あんな魔法のような見方をすることはもうできないのだ。そして鐘の音だって、ただの時間を告げるだけのものになった。もうあの鐘はお別れの合図ではない。大人になったから、もう5時を過ぎたっておうちに帰らなくていいんだ。最近気が付いたけど、上京先ではそもそもこの鐘の音すら流れない。僕はもう、遠く、ほんとうに遠くに来てしまった。

 

多分あの時から、僕は夕焼けが好きだ。小説の人物のように夕の金に染まった部屋で誰かと美しい時間を過ごしたわけでも夕の空の美しさに涙を流してしまうような感受性があるわけでもないけれど、なんとなくあのオレンジと金の空を見ていると心臓を優しく握られたような感覚になる。でも何もできない。大人になってしまった僕は、その風景を覚えておきたくてせいぜいスマホのカメラを起動するだけ。ただそれだけ。

大人になるなんてこんなものだ。もしかしたらこの場所の鐘の音は、本当は大人になった僕に聞こえないだけなのかもしれない。もしも、もしももう一度5時のお別れの合図を聞くことができれば、子どもに戻って、あの人とまた友だちになることができるのだろうか。僕はもう一度夕焼けの魔法にかけられて、あの景色を見ることができるのだろうか。夕焼けを見て何にもできない僕はただ、夕方、その音が聞こえるのを待っている。

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「大人になったということ。/夕方/味噌の」への4件のフィードバック

  1. 読みやすい文章だと思います。ですが、途中僕が私になってしまっているところがあって、変に深読みしてしまいました、恐らくミスなのでしょうが。また、最後は5時の鐘をもう一度聞きたい、というように締められていて、鐘の音があの頃と今をつなぐものなのだということは分かるのですが、昔の僕は鐘を大嫌いだとしか言っていないので、そんなに大して大事なキーワードなのか?と思ってしまいました。鐘の音にまつわるエピソードをほんの少し入れた方が、より鐘の音が昔と今を繋ぐものになって良いのではないでしょうか。

    1. 冒頭の1文がすごく好きだった。回想の部分はすごくのびのびとした文章で、内容と文体がよく合っていて、なんだか映像を見ているような感覚になる。
      最後から2段落目の、そこまで突き動かされるわけではないけどなんとなく夕焼けが気になる、という「大人」感が美しいのだけど、最後は、なぜか過去の夕焼けにすごく執着しているような感じで、ずれている気がした。
      直接関係ないけれど、昨年のWSで夕方の鐘について、エーオーさんが小説を書いていたのがすごく好きだったので、ぜひ読んでみてほしい。(ブログではなくDropboxの WS課題>10月22日WS課題>Dグループ)

  2. ひとつひとつが丁寧にかかれている文章だとおもいます、すらすらと内容が入ってきました。
    夕焼けの風景の話をすると最初に言っていたのに、後半から鐘の音が中心になってきているように思う。鐘の音も夕焼けの風景だといわれると、そうとも思えるが、始まりがこの文なら、もう少し夕焼けそれ自体に焦点をおいてもよかったかもしれない。

  3. 一文一文が丁寧に書かれていて、内容が頭にすんなり入ってきました。読みやすかったです。
    前半に出てくる「鐘の音を越えた瞬間大人になってしまう」という表現が、理解できるようなできないような感じがします。

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