違和感/夕方/奴川

秋は夕暮れ、と古人も言っていることだし、夕焼けの話をしようと思っていた。

その美しさについて長々と語れば字数も稼げるだろう、と考えながら窓の外を見た。土砂降りだった。そうだすっかり忘れてた、今朝、「今日は一日中雨が降るから洗濯物が溜まる」と母親が嘆いていたんだった。ううんどうしたものか。この状況下で「ゆうがたはおそらがきれい」とか書くのは気が引ける。自分で自分を笑ってしまいそうだ。

土砂降りのせいで夕焼けについて書く気が失せた、みたいなことを言った後で恐縮だが、こんな夕方は嫌いではない。むしろ好きだ。毎日こんなに降られると流石に憂鬱になるけれど、たまにならいいと思える。雨の日の夕方は、時間感覚が狂うからである。

特に今日みたいな、空が黒い雲に覆われているような日は良い。今はまさに夕方、具体的には16時半くらいなのだけど、窓の外は真っ暗だ。普段だったらまだ人の顔がはっきり識別できる時間なのに、今日はそれが難しい。特にこの大学の付近は街灯が少ないから、交通量の多い我が家周辺の深夜よりも明度が低いかもしれない。鈍くて重い空気も相まって、晴れた夜の日よりも夜らしさが感じられる気さえする。他人の楽しげな声をかき消してくれる雨の音も、雰囲気作りに一役買っていると思う。

それに対して、体や精神は夜ほど鈍くないし重くもないのだ。実際は夜ではないのだから、当然と言えば当然だけれど。そこまで疲れが蓄積していない、朝や夜に比べればまだ元気な時間帯だ(最近疲労が時間差で襲ってくるようになったのは老けたせいだろうか)。

これらの状況が引き起こす、「あれ?」という感覚が好きだ。「これ終わったらツタヤにでも寄ろう、にしても今日暗くない?」「なんか暗いけどいま何時だっけ?」そうしてスマートフォンで時間を確認した後も、違和感はずっとついて回る。なんだか間違っている気がするのだ。今16時半なのは当たり前だし、天候のせいで外が暗いのも当然だし、授業中に爆睡していた私が元気なのも当然なんだけど。頭では分かっていても、感覚と一致しない状況をどうしても納得出来ないのは、動物としての本能のせいなんだろうか。よく分からない。

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「違和感/夕方/奴川」への4件のフィードバック

  1. 夕方というテーマを真正面から捉えて書いた文章、という印象。暗く天候の悪い夕方から、当然なはずなのにつきまとう違和感に注目し、それを楽しんでいるところがよかった。たしかに、その違和感ってあって、あれ?と思う。

    全体を通して読みやすいし、テンポも比較的良い。しかし、こう真正面からの文だと、違和感の前まで、暗い夕方の説明のようになってしまって、面白みに欠ける。もちろんテーマ全面押し出し文も面白ければいいのだけど、テーマがありふれたものになればなるほどありきたりになってしまい、テーマ設定によって自分の文章の面白さが左右されることになりかねない。また、これだけのエッセンスだとおそらく分量もあまり書けないと思う。テーマをどう自分の切り口で味付けするか、もうすこし練ってから書いたらすんなりいくのでは?

  2. 季節と天候と夕方の関係に共感しました。それを違和感という言葉で表現してるところにこだわりを感じました。

  3. 間違ってる気がする16時半、よくわかります。雨の夕方は時間の感覚が狂う、とても素敵な感性だなと思います。
    少し説明が蛇足的で、せっかくの流れを削いでしまっている気がします。それから、ラストが物足りなく感じてしまいました。(三水)

  4. もう最初から、雨の夕方について書いてしまってもよい気がします。感じた違和感の部分から読みたかったです。
    あと最後の最後がもうちょっと自分の言葉で書かれていたらいいなって思いました。

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