存在と看過/夕方/ふとん

放課後にどこかに寄るか、家に帰るかして、ふと外を見ると真っ暗になっていることばかりで、夕方なんて無いことになっている。

4限が終わったあと、たまに男友達と2人で学食に行くことを、彼氏に言っていない。
たわいのない話をするだけで、その友達を好きなわけではないし、浮気ではないし、言っても彼は怒らないと思う。

そう考えていること自体が、自分が自分に言い訳しているのだと気づいてなんとなく嫌になる。

男友達を好きなわけではない。
じゃあなんで、彼氏という単語を発さないように気を使っているんだろう。
旅行に行く話をして、1人で行くの?と訊かれたとき、ちがうよ、の後に、彼氏と、を言わなかったのだろう。
あっちはなぜ、ドライブに行った話をした時に、彼女と、を隠したのだろう。

お互いがお互いの話の中に恋人の存在を感じ取ったときに、一瞬気まずいような空気になるのを気づかないふりして、そんなことない、と何食わぬ顔で必死で振り払っているような関係。だと思っているのは私だけで、相手はなにも考えてなかったらいいと思う。

彼氏は私を大切にしてくれていて、私は彼氏のことが好きで、それだけで私は幸せなのだから他に何も考えたくない。

非日常が欲しくてとか、違う人を好きになってしまったとかよくある浮気と不倫の理由だけど、本命の相手への愛が無くなってしまったことってほとんど無いんじゃないかと思う。

本当にそんなつもりがなかったのに、たいして好きなわけでもない人と雰囲気に流されてしまうことは、思っているよりも簡単に起こってしまうことだから気を抜けない。

これは私だけではなくて彼氏にも言えることで、グレーな行動をされたとき、責めると思うけど気持ちは分かってしまうと思う。
いっそのことお互い1回くらいずつ反省するようなことをしてしまったほうが気が楽になるかもしれない。

このあたりは山が多くて、日が沈むのが見えにくかったりするのだろうか。今の私に空を見上げる余裕がないだけで、夕焼けは毎日存在しているのだろうか。
たぶん、日本で発生した夕焼けは、夏休みに小豆島の丘の上のホテルから見た、海に沈んでいくあの夕陽で最後だったのだ。

最後の夕焼けを好きな人と見ることが出来てよかったと思う。またすぐに見ることが出来るかもしれないけどそのときも彼と見たい。

自分にとって誰がいちばん大事なのか分からなくなったときは、あの景色を思い出すことにしようと、今決めた。

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「存在と看過/夕方/ふとん」への5件のフィードバック

  1. 綺麗な締め方をされている。夕日に切なさを感じる人が多い中で、希望を抱かせる光の在り方に頷きたくなるものがあった。
    指摘できる箇所がなく、完成されているというか、もはや芸術品のような美しさまであるように見えた。文章からも女性らしさというと安っぽくなってしまうくらいの女性らしさがにじみ出ていて、美しさとその背景の執念すら見えた気もする。そのうちにどろどろとしたものがあるなら見てみたいが、恋のことはよくわからんので怖くもあるので近づき難い。
    私には難しいジャンルだなと思いながら、別枠の生き物としてとても美しいと思う。

  2. 誰かと話すときに恋人の存在を伏せたくなる気持ちはなんだかわかります。まあ僕の場合は彼女と行ったって言うと自慢しているような気がして嫌なだけですけど。自意識過剰ですかね。彼氏について語る部分と夕方についての部分の繋がりが不自然だなと思いました。

  3. 彼氏と男友達のなにが違うんだろうと最近友達と話していたことがあったので、なるほどな〜と思いながら読みました。2人で夕焼けを見てる情景が浮かんでくるようで、綺麗な文だと思いました。

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