家路/夕方/あおいろ

帰宅ラッシュの電車から押し出されるようにして、最寄りの駅を降りた。

人々は、各々の向かうべき場所に向かって足早に進んでいく。私も、いつもの癖で改札を出て左に向かう。

 

町によって漂う空気は違う気がするけれど、この町に漂うけだるい空気は何だろう。

賑わう二つの駅にはさまれたこの町は、どこか元気が無くて、周囲に忘れられているかのように感じられる。

 

駅から少し歩くと、あんなに人がいたのが嘘のように人はまばらになった。

広くなった空は、太陽が傾きかけていて色が薄い。

 

帰りたいけど、帰りたくない時間。

 

言いようのない寂しさを包含したこの町には、何かが終わっていく気配のする夕方がとても似合う。

 

ふと、きまぐれで家への最短ルートから外れて脇道に入る。

別段用事があったわけでは無い。少し、散歩をしてみようと思った。

古ぼけた商店が少し続いた後、落ち着いた住宅街に入る。

闇を帯び始めている町には、ひとつ、またひとつと灯りが増えていく。

 

 

あれ、こんな道……あったっけ?

気付くと、自分があまり見慣れない住宅街に迷い込んでいることに気付く。

まあでも、そんなに外れた道には来ていないはず。歩いてたらそのうち見知った道に出るだろう、と深く気にせず歩き続けた。

でも、自分がぼんやりしているせいか、それともこの黄昏時のせいか。

……さっきから同じ場所をループしているような感覚に囚われるのは、果たして気のせいなのだろうか。

 

何だか本格的におかしい、と思い始めたころ、目の前に黒い木立が現れた。どうやら小さな公園らしい。子供たちは帰った後なのかおらず、他の利用者もいないようだった。

恐る恐る入ってみる。

そこにはいくつか遊具があったが、私の目を引いたのはブランコだった。

少々歩き疲れていたこともあり、荷物をてきとうに置くとブランコに腰掛ける。

そして足でつっぱって後ろに引いて、パッと離す。小さくスイングを始める。タイミングよく地面を蹴ると、スイングは大きくなる。その、繰り返し。

ぴゅうう、と風を切るのが楽しくて、上り詰めた時に浮遊感とそこから一気に加速するのが楽しくて、私は漕ぐのをやめることができなかった。

 

こうしていると、童心に帰ったような心地になる。子供のころ近所の友達と鬼ごっこして遊んだ公園にもブランコがあって、夕方になって友達が帰っていく中、残った人だけでよくブランコをしたものだった。夢中になって乗っていると、つい時間を忘れてしまって、心配になった親が私を連れ戻しに来てたっけ……。

 

 

――――。

 

 

ぐいんと後ろに引っ張られる感覚と、何かが聞こえた気がして、私ははっとした。足をのばして地面を掴み、少々強引にブランコの動きを止める。

 

今、誰かに呼ばれたような……。

 

立ち上がって辺りを見わたすも、見知った人影は無かった。その代わり、ここは私が小さいころに遊んだ近所の公園であることに気が付いた。

ほっと、体の緊張が解けていくのが分かる。

見上げると、暗くなりかけた空には朱に染まった雲が浮かんでいた。だいぶ日が傾いてきたらしい。

私は、ズボンのお尻を少し手で払うと、置いてあった荷物を持ち上げた。

 

さあ、帰ろう。

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「家路/夕方/あおいろ」への4件のフィードバック

  1. 町の寂寥の描写が上手いなあと思いました、ひたひた歩く足音まで聞こえてきそうです。
    個人的には、忙しない駅から寂しげな町への移動や迷い込んだ時の不穏感からほのぼのしたエンディングに落とし込む流れが急に感じて場面の移動についていきづらいところがありました。

  2. ゲームのシナリオを読んでいる感じ。オチもなく、何気なさすぎるけれど、この余白の稼ぎと2、3行の文章の塊というスタイルで結構スクロールさせるから、腹八分目になる。それが、何をするでもないのに無為に過ぎていく普段の日々の時間の速度とシンクロしててリアルだなあと。お尻についた砂をはらうのが、人物が生きてる感じがあってよかった。他の部分も、もっとそういう、その人の特徴を感じさせるものがあると、物語っぽくなるのかなと。

  3. かつて歩きながら感じたことをこのブログに書き付けていた身からすると、初めからストーリー性を付加できているのは単純に尊敬します。
    つまらない指摘をすると、時間を指すことばとして夕方は「黄昏時」に先立ちます。結びに朱の空、とあるので、『でも、自分がぼんやりしているせいか、それともこの黄昏時のせいか。』の黄昏時は誤用。黄昏時は日が落ちて、完全に真っ暗になるまでの間。向こうにいる人が誰かわからないので、「誰そ彼」と呼びかけなければいけないというのが語源だそうです。

  4. 夕方のノスタルジーが読む者にも伝わってくるなあと思いました。似たような記憶を想起させる、そんな感じを覚えました。
    意識的にそうしたのかも知れないけど、行動の一つ一つが箇条書き調で描写されていたのが気になりました。

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