気だるい冬準備/夕方/フチ子

いつのまにか金木犀のいいにおいもしなくなって、冬がすぐそばまで来ていることに気づく。彼の部屋着はTシャツからフリースに変わった。すこしだけ触り心地がいい肌は長袖によってなかなか触れられなくなってしまったけれど、ふわっとしていて、クマにまた一歩近づいた。季節の変わり目は、そばにいる人が無性に愛おしくなる大切なときだ。

イヤフォンを耳に差し込みながら、外に出る。涼しい、というよりも肌寒い。スピッツの気だるい歌声がうす暗くひんやりとした空に通り過ぎていく。彼が好きだと言っていたから何気なく聞いているだけなはずなのに、いつのまにか、彼のためよりも自分のために聞いているようだった。この特別な感情を、わたしは来年のこの時期、この時間帯に思い出して、すこし切ない思いをするだろうと確信したので、胸が締め付けられた。わたしはこの気持ちを、今だけの刹那的なものとして昇華することはできず、来年も、もしかしたらその先も、追体験をして、スピッツを聞いてしまうような気がする。

今を楽しもう、今が幸せならば良いじゃないかと自分を落ち着かせようとするのだけど、たまに、不安や期待が暴走してしまう。幸せが大きいほど、この幸せがそのうちになくなってしまうのではないかと怖くなり、逃げ出したくなる。彼に出会う前、わたしはどんな風に生きていたのだろうか。わたしはどの人を、どのくらい愛していたのだろうか。わたしは今、彼をあたたかく愛することができているのだろうか。わからない、忘れてしまった。

前に付き合っていたあの人も、前に好きだったあの人も、きっとわたしは同じように執着し、焦がれ、愛おしく見つめていた。この人は特別だと撫でた。それでもいつか終わりが来て、もう一緒にいれないやと離れた。いつかは終わる、いつかは離れる、と、結末を知っていても、そんなのはいやだと駄々をこねてしまいそうになるのは、なぜだろう。いつかはどれだけ先延ばしにできるのだろう、どれほど先に延ばしたらわたしは満足するのだろう。

コートを羽織って、マフラーを巻いて、彼に会いに行きたい。今年もよろしくお願いします、とすこしかしこまって挨拶を交わしたい。花粉がひどいね、なんてくしゃみしながら笑いあいたい。日が伸びたね、って話しながらお散歩をしたい。それも、一度ではなくなんども、なんども。いくつ超えても、失ってしまう恐怖からは逃れられないのかもしれないけれど、それでも大事に積み上げられたなら、幸せだろう。終わりなんて知らないふりして、こたつの準備を一緒にしよう。

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「気だるい冬準備/夕方/フチ子」への3件のフィードバック

  1. 季節を感じさせるワード一つ一つがじんときました。冬のよいところも困るところもひっくるめて慈しめそうな気がします。
    小説的な綺麗な文体と、たまに混じる硬めの熟語が、とてもフチ子さんらしいなと思いました。多少ちぐはぐな感じを受けますが、よいわるいではなく、味なのかなと思います。
    途中で付け加えた?のでしょうか。道理がはっきりして、個人的にはよかったと思います。
    (三水)

  2. 何となくもわっとした温かいものに、描かれている生活がつつまれている気がして、うらやましーってなって、これ「気だるい」のか?と思ってしまいました。(僻みか)

    その生活に感じるだるさが気になって、もっと書かれていたらいいなと思いました。

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