極上のソース/食べたい/いせ

 いつの頃からでしょうか、お腹が「ぐぅ。」と鳴る空腹感がえもいえぬ快感と安堵になったのは。

  

 ・・・何?君はMだったのか、ですって?いいえ、私はとりわけマゾヒストというわけではございません。ただ、なんといいましょうか、お腹が減ると何かに許してもらえた気分になるのですよ。

  と、申し上げるのはですね、実は私、以前食欲を超えた強迫観念のようなものに突き動かされてものを食べていた時期がございまして。お恥ずかしながら、自分の目についたおいしそうで魅力的な甘ったるいものは大方、口に運んでおりましたの。

そんなことを続けていると、どうなるとお思いですか?・・・ええ、おっしゃるとおりそれまで以上に贅肉がついて、ずいぶん肥えてしまいました。けれども、それ以上に私を苦しめることがあったのです。それは、「お腹がすいている時間がほとんどない」ということでございました。

 

 お腹がすいているときがない、つまり常に満腹状態というのはまぎれもない「幸福の極み」のように思われますが、実際は逆に、ある種の苦痛でもあるらしいのです。

 

 人は何でも、「これが当たり前だ」と感じるようになると、途端に感謝を忘れます。

 例えば、母親が普段から食事を用意してくれることの有り難さを、同居している人の多くは知りません。ご飯を作ってくれる人がいない苦労を知って初めて、当たり前のようにそうしてくれた母親に感謝が沸き、また実家にて用意してくれたときには、以前は無かった有り難みと幸せを感じることができるでしょう。

 

 それと同じで「食べることができる」喜びも、「空腹」の状態を経験することで感じることができるものなのです。「満腹」が当たり前になっていた私は、「食べることで空腹を満たす」という幸福感を失ってしまいました。なぜなら、食べ物はいつも慢性的な衝動によってオートマティックに胃に流れ込まれてくるのですから。私は腹にある満腹感と、いつでもそれを有している自分に嫌悪しておりました。

 

 本来は、空腹が不幸、満腹が幸福であるはずですのに。

 

 申し訳ございません、話が長くなってしまいましたね。でも、おそらく私の言わんとするところは、察していただけたのではないでしょうか。・・・え?語りが下手でよく分からなかった?ああ、全くその通りでございますがなにぶんご勘弁を。

  詰まるところ、その衝動が収まった以後私は、腹の虫の鳴き声を「お前はものを食べる快楽を感じてよし」という許可の合図だと認識しているのでございます。幸、不幸はそれぞれが入れ違いになって機能しているのですね。

ですから、ホラ、「空腹は極上のソース」といいますでしょう?

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「極上のソース/食べたい/いせ」への3件のフィードバック

  1. さらさらーっと読めた感じですねぇ。少し高級感のある語り口調、嫌いじゃない。スーツを着た紳士が言ってるみたいな。何を表現したくてこの文章を書いたのかだか気になります。

  2. 食べる喜び、食べられない悲しみ、食べなければならない辛さ。「食」に関して、その時々でいろいろな感情がある事に思い到らせてくれる、そんな文章でした。
    「申し訳ございません」以降の、自信のない段落はごっそりカットしちゃってもいいかと思います。論の展開も明快だし、弱気にならずに!

  3. うーん、はじめの導入は面白いんだけどなあ。終着点がどこにあるのかわからなかった。消化不良で終わりました。あと改行ももっと改良の余地があると思う。

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