お母さんスイッチ/食べたい/峠野颯太

「今日の夜は何がいい?」

家族と暮らす経験をしたものならば、ほとんどの誰もが聞かれたことがある質問ではないだろうか。私も例外ではなく、母親や祖母に毎日のように聞かれた。そして大概、

「なんでもいい」

の一言で済ますのだ。それに対して「なんでもいいが一番困る」とかなんとか言われる。なんてありきたり!多分多くの人が経験したことのあるテンプレ的会話だと思う。

 

その日は確か、母親も私もやけに上機嫌で、箸が転がっても笑うどころか生きてるだけで大爆笑、みたいなレベルで「とにかく楽しい峠野親子」状態だったと思う。いつもよりワントーン、いやスリートーンくらい高い声で母親がいつものように聞いてきた。

「今日の夜ご飯何食べたい?」

私もアハハ!と笑いながら、

「なんでもいいで!」

と、当然やろ!みたいな態度で返事をした。そうした瞬間、母親の顔から笑顔が消えた。一瞬だった。上から能面をすっとかぶったかのように、彼女の表情は豹変した。え、どうしたどうした。何があった。

「なんでもいいなんでもいいって!作るこっちの身にもなりゃーよ!」

私は何が起きたかわからなかった。さっきまでアハハ!と笑っていたはずなのに、突然人格が入れ替わったかのように怒り始めたのだ。情緒が不安定な思春期の私ですら、「オイオイどうしたんだいマミー、変化が目まぐるしいぜ」と冷静に突っ込みを心の中で入れられるくらいには、異常だった。
私はどうやら「お母さんスイッチ~憤怒バージョン~」を押してしまったらしい。ナ行か。「なんでもいい」でお母さんスイッチ押しちゃったのか。

「なんでもいいなら自分で作れ!もう知らん!」

そのまま一方的に雷を落として、母親は和室に行ってふて寝を始めた。
いやいや、ナ行のお母さんスイッチマジで威力がすごい。お父さんスイッチの比じゃない。お父さんスイッチならせいぜい「なっとうをまぜる」みたいなそんなニコニコレベルで終わるじゃん。なんで大爆発レベルに到達するの。
まずい、これはまずいぞ。私は必死に母親の機嫌をカムバックさせる方法を考え始めた。何よりお腹がすいていた。早くご飯が食べたかった。当時の私の辞書に「自分でご飯を作る」という言葉なんて存在していなかった。だからとにかく、母親のやる気スイッチを連打する必要があった。
これは生きるためのミッションなのだ!

そう考えると、案外解決法は簡単なもので、「謝罪」という課題が私には課せられた。
そしてそのまま和室に行き、一歩足を踏み入れた途端土下座をする。

「なんでもいいって言ってごめんなさい!里芋の煮っ転がしが食べたいです!おなかが減って死にそうです!!」

とかなんとか言って謝った。
「あのねえ、なんでもいいって言ったことに怒ったわけじゃないわ。作ってもらって当然、みたいなその態度に怒っとるんやわ。そんな態度やと将来嫌われるで、気を付けなかんに」

母親は案外あっさりと能面を脱いでくれた。ごめんねパワーは侮れないものだ。
あと私はちょっと勘違いしていた。ああ、ナ行じゃなかったらしい。私が押してしまった「お母さんスイッチ~憤怒バージョン~」はタ行、「当然やろ!」だったのだ。
私はこの日、「なんでもいい」と「当然やろ!」はお母さん憤怒スイッチなのだということを、記憶した。
結局その夜は家に里芋がなかったから、ジャガイモの煮っ転がしを作ってくれた。

 

しばらくしてこの出来事を忘れかけた頃の話、確か中学二年だったと思う。母親は毎度のごとく「何食べたい?」と聞いてきた。
私は部活で疲れて死ぬほど空腹であったということもあって、無意識に「なんでもいい」と答えてしまった。
しかし、その時の母親は怒ることもなく、「なんでもいいじゃなくてさあ、何か食べたいもんないの?」

うーん、としばらく考えて言った。

「シェフの気まぐれサラダ~季節のフルーツを添えて~がいいな」
もちろん冗談のつもりだった。

「なめとんのか」
「私の気まぐれ冗談~その時のテンションに任せて~」をお母さん憤怒スイッチであると認識した瞬間である。
ちなみにこのスイッチは21歳になった今でも相変わらず押し続けているので、母親に耐性がついてきたのは、また別の話…。

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「お母さんスイッチ/食べたい/峠野颯太」への4件のフィードバック

  1. 面倒な母親ってどうすればいいのでしょうか。今ならまだしも子どものころの知恵じゃキツいのでは。学校で対処法を教える授業があっても面白いかもしれないと思いました。
    せっかく◯行って使っているのならば「た」と「と」とかもっとバリエーションをつけても良かったのではないでしょうか。

  2. ○○スイッチで話がテンポよく展開されていくのが面白く、あるあるネタなので共感もできて読みやすかったです。母親の激怒スイッチ押した時ほど怖いことはないですよね。なんだかんだで家庭内ヒエラルキーのトップは母親な気がします。

  3. あの番組好きです。テンポが良く読むことができ、BGMとしてあの曲が脳内再生されていました。元ネタが「行」が重要なので、タ行ナ行の他の言葉も出て来るとよりパロディ感が出ると思う。
    我が家の母親は穏やかなので、押すとしても沈黙スイッチぐらいかなとふと思った。

  4. 場面自体はありふれているはずなのにとても臨場感があって格闘ゲームみたいなバトル感がとても楽しかったです、それはそれという感じでほのぼの文が収束したのにも感服しました。
    ひねくれた見方かもしれませんが、主人公が母親の怒りを鎮めただけで満足している気もしたので、ありがとうお母さんな感じがもっとあってもいいのかなと思いました。

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