とも/食べたい/三水

それはたわいのない夏の初めの、このうえなく貴重な、お出かけ日和の一幕。

 

ペダルも軽く車輪を滑らせ、青く匂いたつ草木をすり抜け真っ直ぐに、河原沿いにあるショッピングモールまで、私たちはなんともなしに出掛けていった。

傍らに、前に後ろに、何かと気を遣うアスファルトから解放されて、待ってましたとばかりに、てんで好き勝手に走る。サイクリングは面白みがないし、レースだとうるさすぎる。ツーリングは大人数だと面倒で一人だとちょっと寂しい、要はわがままで小煩い私が、一番心地よい速さ距離感で走れるのは、こんなど地元の河原っぱらの、前、もしくは後ろか隣の彼女とだけだ。どうしたものか、性格も容姿も正反対なのに、共に過ごす時間の感覚だけはぴたりと合う。まぁワケは解らずとも、おそらく彼女もそう思ってくれているのではと、つらつらと時速25kmでうぬぼれてみたりしている。

 

買うつもりのかけらもない店巡りで、死ぬほど可愛い、こほん、ただでさえ足りない語彙を根こそぎ持ってかれるくらいかわいらしい橙色のスカートに引っ掛かっているときに、それは起こった。(この時点では、持ち金さえ足りれば六割方『買い』だなと思っている)

「かわいいですよねー」

テンションの高めの、よくいえば愛想のいい歯に衣着せずにいえばうっとうしいタイプの店員さんがいるなーとは思っていた。声を掛けられて改めて思う。なかなかにチャラ、軽薄そうなご仁だと。正直苦手なタイプ(そうでなくてもアパレル系だの店員だのという人種全般が苦手)だが、その後言われた内容が内容だった。

「こんなん着てたら、彼氏サンも食べたくなっちゃいますよー」

間。場を一瞬沈黙が支配する。

「えー、まじですかー。どうしよっかぁ、ねぇ?」

言葉尻とトーンをこれでもかと急上昇、目配せすれば彼女もいつにない社交性で

「えー、どうだろうねー」

とお返事。下がりぎみの目尻がいつになく弧を描いて小憎らしい。

結局、彼女は新規会員カードを作って、私は笑顔だけ置いて店を出た。

 

「食べたくなっちゃいますかー?」

「どうでしょうねー」

くつくつと笑いながら揺らし合う二つの手は、いつから繋いでいたものやら。

 

 

綺麗に食べ終えた彼女の横にごろりと転がって、天井を仰ぐ。

金欠の高校生みたいに親の目を盗んで互いの家にしけこんで、というわけでなく、まぁ半ば入り浸る形でお邪魔させてもらっている、彼女の家の彼女の部屋。

入り浸って何をしてるかまではさすがにバレていない、と信じたいが、そろそろ限界だろうか。

休みが終われば互いに学徒の身、時間的に厳しいものがあるし、かといって貴重な休みにあまり部屋でごろごろしているのもいかがなものか。ううむ。

不定期ながらそこそこに開催される河原の自転車あそびは、そういうもったいない精神から来ているのやも。そういえばクリスマスにも一度、小雪におびえながら師走の河原を走り抜けたっけ。あれはまだ付き合う前だった。

満腹の幸せの中つらつらとそんなことを考えていると、復活した彼女が寝返りがてら覆い被さってくる。よしよしと撫でると、私にはどうあっても到達し得ない真黒の絹糸のここち。キューティクルの極み。

湿った肌の温みと重みが心地よい。

「男なら絶対入ってるわー」

めちゃくちゃ情緒のない言葉をけだるく吐く身体の下で笑う。柔らかで白い肉のかたまりが重なってゆれる。

どうあがいても凹と凹、一つになれるわけはないのだけれど。

 

黒髪が頬を撫でたと思ったら、人の右肩をはくりと食んだ。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「とも/食べたい/三水」への3件のフィードバック

  1. えろいですね。お見それしました。愛情が感じられ、それでいて距離が取れている文体。いままで、内心でもこの店員さん苦手、とか思える人を良くも悪くもすごい、と感じていました。自分はどれほどのもんなんだよ、ってセルフツッコミしながら。でもそれは自分に自信があるわけじゃなくて、芯があるからなのかもと今あらためて思います。

  2. 凹と凹という表現が独白で入っていて生々しくなりますね。なければないで台詞だけにそういうノリの表現が凝縮されて、内心と口をついて出る言葉の間隔を味わえて微笑ましくなるし、あればあるで気持ちのリアルさが滲み出て良い意味でゾワっとさせます。文章に伝えたいことのブレがないのでどちらでも良さがある。
    ただ折角だからもう少し世俗的な表現を噛み砕いて、現実御伽噺みたいな世界観を貫き通しても良いんじゃないかと思いました。

  3. 素敵ですね。艶かしいというよりは生々しいっていう色気で。最初の一文が与える印象と文章自体の雰囲気がいまいちちぐはぐしているように少しだけ感じました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。