咀嚼/食べたい/奴川

物心づいたときから、暴力的かつ突発的な食欲と戦い続けてきた。世の中にはストレスを受けると食欲を失う人間がいるらしいけれど、私は完全に逆のタイプだ。

人間関係をこじらせていた頃はミルキーの大袋を毎晩消費していた。そのせいで今ではミルキーが少しトラウマだ。そして、睡眠不足でイライラしている時には無印良品のするめシートをひたすら食んでいた。余談で申し訳ないけれど、無印のするめシートはもっと世の中に広まるべきだと思う。大量生産のお手本のように整然とした見た目からは想像がつかないくらい、包容力のある素朴な味がする。最高だ。とにかく、どうやら私がストレスを溜め込んだときに食べるのは、たくさんの咀嚼が必要なものばかりのようだった。そんな話をお母さんにしたところ、『一晩でミルキーの大袋は駄目だと思う』とだけ返された。仰る通りだ。行ってきます、と言い残して家を出た。

バイトに行くために電車に乗った。確かにミルキー大袋期は肌が荒れるわ体重が激増するわで大変だったな、と朝のお母さんとの会話を思い出しながらぼんやりしていると、向かいの席の赤ん坊と目が合った。母親に抱かれ、こちらに向かって手をふわふわと伸ばしている。私は赤ん坊に曖昧に微笑みかけながら、彼女(プリンセスの服を着せられていたから、女の子だろうと考えるのは早計だろうか)の口元に視線を向けていた。キャラクターの顔がついたおしゃぶりの先が、彼女の柔らかそうな唇の僅かな動きに合わせて揺れている。そこから目が離せなかった。いや、周囲の乗客の視線が怖かったから、実際はすぐに目を反らしたのだけど、おしゃぶりをくわえている彼女の姿頭からなかなか離れなかった。

彼女を見ていたら、何かを食み続けることでストレスを発散するのは、結局のところおしゃぶりをくわえるのと何も変わらないのではないかと思えてきてしまったのだ。生存のための本能なのだろう、ものを食むという行為により脳内麻薬が分泌されることがあると聞いたことがある。つまり、私は母親の乳首をくわえる訳にはいかないし、公衆の面前でおしゃぶりをくわえる勇気もないから、口の中で何かを食み続けているのではないだろうか。私の食欲は食欲ですら無い、庇護されたいが故の甘えなのではないかと思えてきてしまった。

しかしそれが分かった所で、何かが変わるなんてことは一切ない。お母さんに「ダイエットもしたいし乳首くわえさせてください」と頼むのは流石に無理だ。おしゃぶりは家でくわえている分にはセーフではないかと思わなくもないが、そう思ってしまった時点でアウトな気もする。それじゃあこれからもささやかな暴食を続けるしか無いよな。私は一人で納得して、電車から降りた。先程の赤ん坊が窓に張り付いてこちらを見ているので、小さく手を振っておく。

さて、今日も辛くてだるいバイトの時間だ。バイト先まではもう少し距離がある。歩きながら音楽でも聴くかとリュックのポケットをまさぐってみれば、アイポッドと一緒に、昨日生協で買ったハードグミが出てきた。ひとまずこれで我慢だな。私はアイポッドをリュックに戻して、グミの袋に左手を突っ込んだ。

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「咀嚼/食べたい/奴川」への4件のフィードバック

  1. 口唇欲求ですね!ガムだと口の中で長持ちするし咀嚼もする、かつカロリーも気にすることないので良いんじゃないでしょうか。

  2. 話の流れが一貫していますし、とても読みやすい文章でした。
    ミルキーとたくさん咀嚼が必要な食物を、好んで食べるというのがあわないような。咀嚼必要だったかも。そこまで食べたことないのでわからないですけど。

  3. ミルキーを噛んでしまうの、すごく分かる。摩擦熱(なのか?)でどんどん熱くなっていって、だいぶ硬かったのが、だんだんチューイングキャンディーみたいな状態になっていく。そして、噛めば噛むほど甘くなっていく気がする。
    たばこを吸う人が、単純に依存しているとか、煙が吸いたいとか以前に、「口が寂しい」と表現するのと一緒な気がした。

  4. 話題が一貫していて読みやすい。
    起から結へ帰ってくるタイプの文なので、形式通りといえばそうなのだけど、それ故に纏まっているなぁという印象でした。
    もう少し皮肉?ユーモア?にパンチが効いてるとさらに好きです

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