独り言の秋/食べたい/どみの

―ただいまー

とりあえず防犯のために、としんとした部屋に声をかけて足を踏み入れる。

一人暮らしは、自由な反面、寂しさも感じるが、もう慣れた。

部屋の電気をつけると、あちらこちらに散らかる本やDVDが目に入る。一人暮らし当初に比べ、母親に連絡する頻度も減り、代わりに一人の時間を楽しむようになった。

鞄を置き、ソファに座り、テレビをつけてひといき。テレビの音をBGMにスマホをいじる。

―あー、なんか食べたい。

そう呟いても何か出てくるわけではない。

実家は商店を営んでいたということもあり、キッチンの片隅には売れ残った、賞味期限の切れたお菓子が積みあがっていた。何か食べたいというとそこから持ってけといわれるのが日常だった。

別にお菓子が食べたいわけではない。もちろんおなかは減っている。返事を期待して発した言葉ではないが、それでも返事がないというのは、ちょっと悲しくなる。

やることがなくなり、ぼーっと見ていたテレビがCMとなった。

―あったかいものでも作ろ。

誰に言うのでもなくつぶやき、重い腰を上げてキッチンに向かった。

 

 

独り言が増えたなと感じる三年目の秋。誰かに向けて話しているわけではない。でも誰かに拾ってほしいと思う言葉は日に日に積もっていく。

 

―暮らしに馴れたといっても人肌が恋しくなるので、きょうは暖かいポトフでも食べようと思います。先日家から届いたじゃがいもと玉ねぎを入れて。おいしくいただきます。今日も私は元気です。

そうだ、母へ久しぶりの連絡を入れようか。

 

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「独り言の秋/食べたい/どみの」への4件のフィードバック

  1. 新聞とかの、なんですかあれ、コラム的な、あそこにありそうな文章だなと思いました。私は新聞読まないので詳しくないですが、ぱっと見の印象です。
    長さの問題でしょうか、物足りないというか、悪く言って仕舞えば「それでなんだ?」と思われてしまうような感じです。まあ、全ての文章が、主張だったりオチを含んだ一連の流れだったりを強要されてるわけではないし、別に言いたいこと言わなくても別にいいだろうと私は思うのですが。このスタジオはどうも「それでなんだ?」という文章には少し批判の目で見られがちですので、このスタジオに向けて書いたとすると、そういう批判は避けられないかなあと思います。

  2. 物足りないという印象があるとすれば、長さの問題というよりも主張やオチがないためだと思います。
    文章自体はやさしい感じで読めるし、主張やオチがない穏やかな文章もあっていいと思います。

  3. 文章ではたいてい寒さというのはネガティブな要素で、いったんそれで下げておいて、あったか要素でまた上げてオチをつけるものですが、この文章は寒いままに心が温かくなったのですごい!と思いました。
    最後のひとつだけ長い独り言で少しつまづいたのですが、そこへ向かうメンタルの変化などがより緻密に描写されているともっと受け入れやすいかもしれません。

  4. こういう穏やかな文章、私はとても好きです。文章の優しさに心地よさがありますね。
    どこか物足りなさを感じてしまうのは、メールのくだりが唐突な感じがしてしまうからですかね。久しぶりにメールを送りたくなるくらい寂としさを感じている、という描写がもっとあるとよいのではないでしょうか。

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