難儀なひと/食べたい/θn

「ものが食べれなくなったときが人間の終わりなのかもしれんなぁ」

おじいちゃんのお葬式が終わって、そこから東京に帰る新幹線の中だった。
次の日は塾のテストがあるから、私は必死に算数の公式集みたいなものを読んでいて、ふいに現れたその言葉を受け止められるほど選ばれた人間ではとてもなかった。

お母さんはその思いをどこか遠くへ零しているようでもあり、小6の私はその意志を見てみぬふりするようにしていた。理解なんてしているわけがなくて、もしかしたら今ですらその真意はわからないのかもしれない。

少し話が変わったように思うかもしれないが、私は人前でものを食べることがあまり得意じゃない。

何でと聞かれても上手く言語化できないのだけれど、端的に言おうとするのであれば、なんとなく弱みを見せてる気がするからだ。

嗜好とか欲求とか、そういうものは十分に食事風景みたいな何気ないものから読み取れるものな気がする。いや、むしろ食事はそういうその人が生きる上での生々しい部分を表しているんじゃないだろうか。

結局捕食だからだろうか。

悲しきかな私達は人間とかいう動物で、まるで野生らしい欲望なんて退化しましたみたいな顔してるけど、食べるって要はそういうことだ。生きたいんだなぁとかそういうんじゃないけど、やっぱり大事なんだよね。

知ってる、知ってるんだ。呼吸は自発的じゃないけど、お腹はすくし眠いしあの人が欲しい。生々しくって汚らしい。そんな自分の一部を周囲に見せることって普通のことでもやっぱり苦手だ。これってきっとへたに人間だからだろうけど。

お通夜の後のご飯は豪華だけど美味しくなかった。おじいちゃんの知り合いで、私の知り合いじゃないおじさんたちがたくさんいるその会場には、不特定多数の捕食がある。

お母さんは私にしきりにお寿司を薦めてくれたけど、今ひとつ喉を通らなかった。むしろ食べている大人が不思議でしょうがなかった。

今ならきっと食べるんだろう。

おじいちゃんはもう食べない。食べることがない。その事実が難しかった。どんなに漢字を覚えても、年号を覚えても、わからなかったのだ。

亡くなる何週間か前からおじいちゃんは自力でものを食べることをやめ、点滴で栄養を摂取するようになっていた。そのときにもう終わりを予感していたなら、そんな悲しいことはないよ。

食べるって不思議だなぁ。怖いことだなぁ。私達のそれは今でもずっと捕食なんだ。それならせめて人と交わらない純度の高い欲求であってほしい。私は美味しいものが食べたい。ずっと美味しいものを食べてたい。

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「難儀なひと/食べたい/θn」への3件のフィードバック

  1. 文字数の問題ではなく、何となく物足りない。この感覚がどこからくるのかとしばらく悩みましたが、おそらく終盤で唐突に「今」が登場したせいか。すでに過去となった祖父の死が、今の書き手自身につながっているかどうか。その関連性は書き手本人しか知らないため、そこが提示されない以上、読者としてはどうにも希薄なように思われます。あとは、結局救いが欲しいのかも。

  2. 言葉選びがとても素敵でした。とりとめなく続いているようでいて、内容がすんなり飲み込めるのもよかったです。
    段落を細かに分けているのは仕様でしょうか?違和感というほどではありませんし訥々とした感じが出てよいですが、少し気になりました。

  3. テーマにそいつつ、生きると食べるを間接的に描けている気がします。ただ食べたい、という欲のレベルが「豪勢なもの」と「捕食、食べなきゃ死んでしまう」という2つの間で少しずれているのに気づかず書かれているような印象を受けてしまいました。

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