夢/食べたい/あおいろ

夜の町は沈黙しているように見えて、なにか得体の知れないものが潜んでいるような気配がする。吸い込まれそうなほどに夜空が黒いのは、単に暗いからだけではないと、俺は思ってしまう。そこにはどうも、あの黒い霧がかかっているような、そんな気がしてしまうのだ。

 

俺の先祖は獏と繋がっているらしい。獏はもちろんあの伝説の生き物で、日本では悪夢を食べてくれるとかなんとか言われているやつ。先祖で何があったか詳しいことは知らないが、とにかく俺も人の悪夢を食べる。

深夜から夜明けに向かう時間帯、俺はふわっと空に浮かび上がると、街を見下ろして悪夢の気配を探す。そしてそれを強く感じた人の寝室へ向かうと枕元に立つ。俺は夜に獏として活動している間は、壁や天井などの障害物を通り抜けることができるため、それくらいお手の物だ。

悪夢は黒い霧として俺に可視化される。深呼吸の要領でそれを吸い込むことで、悪夢を食べることができるのだ。そしてその間、俺は悪夢の内容を見ることができる。小言がうるさい親だって、いつも威張ってる同級生だって、悪夢の中では無力で恐れおののいている。人の弱みを知れたような、この小さな優越感には癖になるものがある。

……なのに。

 

「俺が獏と繋がってるのは知ってるだろ?」

「うん」

「獏ってのは、人の悪夢を食べるんだよ」

「そうだね」

「人によって見る夢の傾向っていうのは大体あるんだけどさぁ。……何でお前は全く悪夢を見ないんだよ」

彼女は、あははって笑った。

「そんなの私もわかんないよー別に好きで楽しい夢ばっかり見てるわけじゃないし。あ、かといって悪夢を見たいわけでもないけどね?」

そう、俺は気付いてしまったのだ。彼女の悪夢を、まだ食べたことがないってことに。

そいつとは小中高が一緒で、何度も同じクラスにもなったことがあるいわゆる腐れ縁ってやつだ。これだけの期間があれば、悪夢の一度や二度見てもおかしくないだろうに。

「そういえば、私の友達はいつも悪夢見るって言ってたよ?あっ、とは言ってもなんかトトロが出て来たりしてかわいい夢だったりするけど。今度紹介しよっか?」

そういう問題じゃねーんだって。心の中で舌打ちをしながらも、以前に彼女とそんな会話をした覚えがある。そのことに気付いてから、俺は毎晩彼女が悪夢を見ていないか、確認に行くのが日課となっていた。

 

 

「……あれ、この時間に来てるのは珍しいね」

時刻は日付が変わる頃。ちょっと気が向いたため、俺は彼女の部屋に来ていた。そんな理由で俺はよく彼女の部屋にいるから、最近はもう驚かれもしない。

「お前、悪夢は見ないって言ってたけど、じゃあどんな夢見るんだよ」

「えーっとね……本当に色んな種類の夢を見るけどね。でも、どこか探検してたり、どこかに向かってることが多いかも。すっごい非現実的な空間のこともあるし、電車に乗ってたりとか、リアリティあることも多いかなぁ」

「何かに追いかけられたり、高いところから落ちたりする夢は見ないの」

「あ、落ちる夢はちっちゃい頃見たことある。でも、夢だったからふわふわ落ちてて、楽しかったかも」

「……お前、強いな」

えーそうかなー?とこお耐える彼女は、満更でもなさそうだった。

「じゃあ、ひたすら課題に追われてるとかそういうのは」

「そこまでリアリティーあるのは見たこと無いなぁ」

やっぱり、彼女はどんな種類であろうと悪夢は見ないのか。俺は思わず肩を落とす。

「とにかく」

彼女はふわっと微笑んだ。

「私は、楽しい夢しか見ないんだ」

……その勝者のような余裕と自信は、一体どこから湧いてくるのだろうか。

もう、いいや。

俺はふいと振り返ると、地面を蹴って軽く宙に浮いた。

「あ、もう行っちゃうのか」

「うん」

「いってらっしゃい」

俺はそれには答えず、そのまま壁をすり抜けて夜の町へ浮かび上がった。

 

ああ、きっと。俺は一生彼女の夢を食べられないのだろう。だけど、それを分かっていながらも、俺は彼女が悪夢を見るようにと、密かに呪わずにはいられない。

「おやすみなさい」

どうか、良い悪夢を。

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「夢/食べたい/あおいろ」への4件のフィードバック

  1. どんな形であれ好きな人、気になる人がいる男子ってのがたまらなく人として大好きなので、その点では私個人のツボが刺激されました。すごく、可愛い。
    この文字数ですと、何か非現実な設定を考えると、どうしても説明口調になるというか、状況や描写で読者に説明することが難しいですよね。彼が悪夢を可視化する、という部分はまさに説明口調になってしまっていて、文字数の関係上仕方ないとは思うのですが、もう少し工夫してみてもいいのかな、と思います。

  2. そんなにあっさり正体バラしてもよかったのか?
    はじめの町の描写と後半の会話だけのシーンはテンポの変化ということでよかった一方で、最初の重い雰囲気が好きだったので終始それでもよかったかもしれない。

  3. 授業中の居眠りの時ですらうなされる僕からすれば彼女が羨ましいです。
    純粋な彼女とかみ合わない感じがいいです。

  4. 悪夢を食べるバクを題材にもってきたセンスに嫉妬しました。2.5次元的な素敵な浮遊感です。

    読者、というか人間は意外と頭がよくて、いきなり突拍子もない描写がきてもけっこう納得できてしまうものなので、もっと説明は省いてもいいと思います。

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