calbee/食べたい/みくじ

「売ってるお菓子は添加物が身体に残っちゃうから食べちゃダメ、お母さんが作るお菓子には漂白した砂糖は使ってないから安心よ。」

「排気ガスがいっぱいだから道路沿いの公園には行かないで、日焼けしたら大変だから家を出る前にちゃんと日焼け止め塗りなさい。」

「ジュースに入ってる甘味料は人の舌をおかしくするの、帰ったら果物搾ってあげるから我慢」

みんなが公園で練ると色が変わるお菓子を食べながらゲームしている時、私はお母さんの手作りのクッキーを食べながら予習ドリルしかない部屋に篭っていた。
唯一の遊びは机の端に透明な水のりを垂らして固めることで、わざと気泡を入れたり色鉛筆のカスで色を付けたりするなど工夫を凝らしていた。お絵描きした紙は見つかってしまうけど、固まった水のりなんて丸めてしまえば消しカスと大差ない。
ところどころ色づいた透明なそれはスーパーで見かけるフルーツゼリーのようにも見えた。
「ジャンクフードなんて害しかないわ、そろそろお肌の荒れとか気になってくるでしょ。やめなさい。」

「コンビニのおにぎりには毒が入ってるから食べ続けたら病気になるの。」

「冷凍食品なんて何が入ってるか分かったものじゃないわ。私みたいに毎日ちゃんとお弁当作ってくれるお母さんは周りにいないでしょ?」

「部活?いいけどどうせ続かないんだから買うのがあるのはやめなさい」

 

クラスメイトが放課後にマックに溜まったりコンビニに寄るのを横目に、家に帰るのが窮屈に感じて図書館に通っていた。
ある日借りてきた村上龍のコインロッカーベイビーズが見つかって不適切な本を借りからいと図書館に行くことを禁止された。
深夜に布団の中でアクセス制限を掻い潜りケータイ小説を読むことだけが娯楽になった。
ケータイ小説のキャラクターたちもやっぱり放課後にマックに溜まっていた。
「カロリーメイトなんて人の食べるものじゃない、あんなの動物の餌よ。」

「また漫画見てるの。気持ち悪い。」

「叔母さんがケーキくれるらしいけど上手く断りなさい。どうせ美味しくないわよ。」

家にいる時間を減らす努力をするようになった。出掛けるのも好きじゃないし、予定なんてないからひたすら本屋で立ち読みをした。
ゆるい部活に入ると幸いにも趣味の合う友達ができ、誘われたら断ることは無かった。買い食いもするようになった。
友達には母を合わせたくなかったから家に呼ぶことはできなかった。

どんなに有機なんとかのなんとか農園で作った野菜に手間暇かけられていても、母の前で食べる、母の手がかけられた料理は美味しくなかった。
コンビニで130円で買ったメロンパンが美味しくて涙が止まらなくなった。
「元気?そっちは寒いでしょ。」

「ちゃんとご飯作ってる?一人だからってバランス考えないと」

距離という無敵の壁を手に入れた。
初めて駄菓子屋に入った。
私はねるねるねるねもマックのチキンナゲットも蒟蒻ゼリーも好きなだけ食べられる。
食事の時間にテレビを見ても、胡座をかいてもいい。

明日は高校の時の部活の友達が泊まりに来るから、ビールのお供でじゃがりこが食べたい。

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「calbee/食べたい/みくじ」への4件のフィードバック

  1. うちの母親も健康オタクで若干こういうところあるんだよな〜と思いつつ、まあ純粋に健康に気を使うのは良いことだという概念は刷り込まれているから、作中の主人公と母親に板挟みになるような気分になりながら読んでしまった。何事も押し付けることなく程々にして生きたい。
    きっと苦しいのはしたいことができない、食べたいものが食べられないということもそうだが、理解してくれるべき存在が自分を微塵も理解しないことなんだろうなと、食事の話から漫画や本の否定が出たところで気付かされた。その転換の仕方が上手いなと思う。
    母親の発言の意図が一体何だったのか、というのは恐らく誰も知ることはないのだろうし、主人公にとっての受け取り方が全てだろう。食事のバランスとかはまあ気を使って不利になるようなことはないだろうと思うが、手に入れた距離の向こう側で、主人公にとって正しいことや新しいことを、たくさん見つけて欲しいなと思った。

  2. 親の躾や心配と言っても度が過ぎれば悪質な価値観の押し付けでしかないのだろう。
    しかし、語り手には母親に対する善い感情というものが微塵もなかったのだろうか。それと母親への反発心との葛藤があれば苦しみがより深く伝えられるのではないかと思う。

  3. 自分が正義だとおもっているひとっていますよね。この題名にした理由が知りたいなと思いました。

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