きみとなら/食べたい/五目いなり

   部屋のなかにででんと置かれた黄色いソファーに溶けてしまったビターな味のチョコレートがどろりと垂れている様に、男が一人、沈んでいた。焼きたてのだし巻きたまごみたいなそのソファを買ったのは「この部屋は病室みたいに味気なくて、どんな美味しいものだって病院食になっちゃうよ」とその男が辟易としていたせいだったのに、今はその男の方がこの部屋を暗くしている。
   ドリアンよろしく嫌な臭いを撒き散らしていないだけましだったが、それでもそいつの態度で両手のレジ袋の中身が台無しに成る様な気がして、俺はその大きな卵焼きをぼすっと軽く、蹴りつけてやった。
「落ち込むなら自分の家で落ち込んでくれないか。あまりうじうじしていると、生ごみと間違えて三角コーナーに流すからな」
「そんな言い方しなくてもいいじゃないか。僕だって、好きでこんなにでろでろに腐ってるんじゃないんだから」
   男はサクランボの様に丸い目玉を、不機嫌そうに明後日に逸らす。「じゃあ帰れ」と言ってやらないのは友人の好だったが、それ以上にテーブルの上に茶菓子みたいにちょこんと置かれたガスコンロと土鍋から、肉や野菜がこちらを見つめていたからだった。

   ―――……曰く、振られたらしかった。

「ホント、あり得ないよね! 普通、唐揚げにレモン勝手にかけるかなあ?」
「そんなことで怒るお前の方があり得ないな」
「まあでも、割り箸を手渡された時から「怪しいな」って思ってたけど」
「いちいち細かいことを気にしてるお前の方が怪しい」
   ぐつぐつと煮える土鍋の中身をひっかきまわし、ポン酢の入った小皿に白菜をちょんと浸す。はふはふと熱い椎茸を頬張る様は止まない愚痴の不機嫌さとは裏腹に、熟し始めた林檎のような赤みを頬に落としていた。
   「鍋はわんこそばじゃないんだぞ」と教えてやるだけの暇もない。俺は白くなった豚肉を何度かごまだれの中で泳がせてから、バットの上に几帳面に並べられた野菜たちを手ずからどぼんと鍋に突っ込んだ。すかさず伸びてくる男の箸が、せっせと野菜を沈めていく。男二人分の野菜たちは、あっという間に消えてしまう。飴細工みたいにきらきらと目を輝かせながら「野菜、早く煮えないかな」と呟くそいつは、言う程振られたことを気にしていないようだった。
「お前もお前で、我慢をすればいい相手なんて山ほど転がってるだろうに」
   瑣末なことじゃないか。可愛らしく切り抜かれた桜の花の形をした人参を捕まえて、齧ってみる。まだ火が通っていなかったのか、がり、と前歯が震えたが、流石にそれを鍋に戻すような真似はしない。   黙っていると、ガスコンロの火がしゅぼっと少し大きくなって、しばらくすると嵩の小さくなった白菜が鮮やかに鍋の中を漂い始めた。
「でも、一緒に食事をするのに我慢をするような相手なんて、それって、好きじゃないってことでしょ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ」
   だばん、と次はネギを鍋に投げ入れて、二人してつつき回す。箸と箸が鍋の中でぶつかって、すまん、と慌てて謝ると、男はしれっと「気にしないよ」と微笑んだ。
「ねえちょっと、僕もごまだれ食べたい」
「ん、ああ、いいぞ」
   差出した椀の中に、男の端につままれた豚肉がちょん、と浸る。それを旨そうに頬張る姿は、宴会の大皿に乗った料理が苦手だと言っていたのが嘘の様だ。
「そういうもんか」
半ば納得できないながらもそう言うと、男は表情を心底美味いものを食ったようにほころばせながら「そういうものさ」と、雑炊の準備に取り掛かった。

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「きみとなら/食べたい/五目いなり」への3件のフィードバック

  1. 鍋食べたくなりました。ずっと食べ物を比喩で使って食事の話をして最終的に美味しそうに鍋を食べて。すごくテーマに沿っていて「食べたい」でした。

  2. 食べ物を使った比喩が多く、思わずこちらの腹が空いてきてしまった。相変わらず色を使った表現が上手い。
    唐揚げにレモンをかけるかどうかはともかく、相手に無断でそのような行いをするのは如何なものか。私はかけない派なのでやられたら絶許である。
    しかし、表現が少しくどく感じる。

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