ああ、神様お許しください/夢の対決/ヒロ

 神々と人間が戦ったならばどうなるのだろうか。
手元にあるクトゥルフ神話TRPG のルールブックを見てそんなことをふと思いついた。

TRPGやクトゥルフ神話を知らない人のために軽く説明をしておこう。
TRPG とは参加者同士のコミュニケーションによって物語を作り上げていく遊びだ。略さずに言うならば、テーブルトークロールプレイングゲームになる。基本的には参加者の一人が「ゲームマスター」を担当し、遊ぶためのシナリオを用意する。残りの参加者は「プレイヤー」を担当し、そのゲームの世界に存在する人物を作り上げ、その人物になりきってシナリオを遊ぶという遊び方をする。
MMORPGやRPGゲームを想像してもらえばわかりやすいだろうか。運営や開発チームがゲームマスターで、ゲームのキャラクターがプレイヤーにあたることになる。
 詳しくは私に聞いてみるか、一度調べてみるか、リプレイ(TRPG の様子を文章に起こしたもの)を読んでみるといいだろう。

クトゥルフ神話は名前なら知っているという人が多いのではないだろうか。ウルトラマンティガの怪獣はこの物語の怪物をモデルにしているし、数年前にはなるがこの物語の神格たちをモデルにした「這い寄れニャル子さん」というアニメも流行していた。ネクロノミコンという有名な魔導書なんかもクトゥルフ神話がもとになったりしている。
簡単に説明すれば、この世界には私たちが想像もつかない、見ればとても正気ではいられないような恐ろしい怪物や神々が存在するのだという感じの物語群である。興味があれば自分で調べてみていただきたい。ただしグロテスクな表現が苦手だという人はあまり調べないことをお勧めする。

TRPGの中でもクトゥルフ神話TRPGでは戦闘=死と言われているようなゲームバランスになっている。中でも神格のデータは遭遇するだけで死ぬとまでよく言われている。少し興味が出たので試してみることにした。

まず平均的な人間のデータを見てみる。
STR(筋力):9
CON(体力):9
SIZ(体格):12
INT(知力):12
POW(精神力):9
DEX(敏捷性):9
APP(外見):9
EDU(教養):12
これが普通の人間の能力を数字に表したものになる。ちなみにこの人間が何かを殴った時の威力は平均して3ダメージということになっている。これはこの人間が大体三回本気で殴られたら死ぬというぐらいの威力が出るということだ。

続いて代表的な神格、クトゥルフのデータを見てみる。
STR:140
CON:110
SIZ:210
INT:42
POW:42
DEX:21
……改めて見てみるとこれは酷い。人間が殴って殺そうと思えば大体54回殴らなければならない。しかもデータには超筋肉を持っていて、21ダメージ分のバリアがあるとまで書いてある。まず人間の力ではどうやっても傷一つつけられないということになる。
この神だが、かぎ爪と触肢の二つの武器を持っており、かぎ爪は66のダメージが平均で出て、触肢は33のダメージが与えられる。しかも、この攻撃は外れることがない。たった一回爪を振るだけで七人は一瞬で死ぬ威力が出ることになる。
しかも常人はこの神を見るときに正気を保てるか判定することになっている。失敗すればその人間は普通に正気を失い、精神病院送りになる。戦おうとすることすら人間には難しいということだ。
やはり人間が神に挑むものではない。

他のニャルラトホテプやクトゥグア、ハスターなどを見てもその出鱈目さは同じだ。所詮私たちはちっぽけな人間。恐ろしい怪物や神々と戦おうという行為自体が愚かなものなのだろう。

雑魚VS勇者/夢の対決/印度

僕は弱い。
この世界において最弱の存在であることを自覚している。
僕に仲魔は多いのだが彼らのような攻撃力や魔法、必殺技みたいなものを僕は持っていない。
だから魔界のなかでも下っ端の下っ端で、他の魔物からは雑魚だ穀潰しだと蔑まれ、勇者が生まれたとか魔王に抵抗しようとする勢力がいるなどの噂が入ると真っ先に駆り出され、潰され殴られ燃やされ、最終的に勇者達の経験値になってしまう。
僕の先祖達は、
マヌケな見た目の雑魚。
というポジションでいるのが辛かったみたいで、足を生やし回復魔法を勉強してみたり、貝殻をかぶり海に住んだり、剣士と契約を交わして一体となるものがいた。(僕らの赤みを帯びているバージョンみたいな奴らは進化ではなくお酒に酔ってるだけであるので一緒にしないでほしい。)

進化は何度も世代交代しないとダメなので僕らが彼らのようになれはしない。
けれどやはり勇者を脅かすことのできる憧れの存在なのだ。

彼らが活躍しているおかげで僕たち雑魚もモチベーションが上がって勇者に立ち向かっていけるのだ。

さっきから自分たちのことを雑魚だのしたっぱだのと言っているが努力をしていないわけではない。
最近考案されたのは僕たちがゲル状の生物であることを応用し、合体するという画期的な戦い方である。
実は人間でいう組み体操をしているようなもので下のスライム達はとても疲れてしまうしその形を持続するのは難しい。

けれどスライム界において英雄である進化をした彼らに肩を並べられるほどの強さを得られるのだ。

魔界の日陰者で、捨て駒役出会った僕らも力を合わせれば活躍することができる。今まで馬鹿にしてきた奴らを見返せるのだ。

最近の僕らは勇者一味と名乗る小隊を壊滅させたり、町を侵略したりと
魔界での活躍が著しい。
スライム族は今でも地位が低く冷遇されてきたけれど、これからは変わっていくかもしれない。頑張っていかなきゃ。

おっと、人間が来たみたい。
変なターバン巻いてるしボロボロの身なりだけれど優しそうな変な奴だなぁ、こんな時も戦うのが魔物の仕事だもんね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
▽スライムがあらわれた。

▽スライムのこうげき!

▽ゆうたに1のダメージ!

▽ゆうたのこうげき!

▽スライムに5のダメージ!

▽スライムはたおれた。

▽スライムはなかまになりたそうな目でこちらをみている。

▽スライムがなかまになった!

JD VS アラサー/夢の対決/リョウコ

8月末からひき始めたメンヘラをこじらせて、今日に至るまでに何度か死にかけている私です。
鬼電・鬼LINEというメンヘラの一次試験を見事パスし、大量飲酒と拒食を経験、のち、メンヘラの登竜門である心療内科にて、メンヘラの証、精神安定剤の処方箋をいただきました。既に2か月ほど通っており、週に一回のカウンセリングでようやく治療が始まったので、快方に向かい始めています。
とはいっても、周囲から「いい加減病院に行った方がいい」と言われるまでメンヘラを放置していたので、メンヘラがなかなかいい具合に発酵しており、思っていた以上に治りが遅い。そもそもの原因となったトラウマが5歳の頃なので、15年間メンヘラと共に生きてきた私は、魂の伴侶としてメンヘラと添い遂げる覚悟をした方がいいな、と今更治し用もないメンヘラを受けいれているところもあります。メンヘラは、不治の病なのです。

風邪とメンヘラは、ひき始めが肝心です。
「精神衛生上よろしくないぞ!」と思ったら即、距離を取るのが良いのです。
私のメンヘラ発症の原因、というかきっかけは、年上の女性でした。
何を隠そう、私はいわゆるエディコン系メンヘラ。両親それぞれへの抑圧したグロい感情が、10コ近く年の離れたオトナに向かってしまうのは必然でした。
お恥ずかしながらワタクシ、年上に甘えたかったのであります!
しかし、人というものは此方の期待通りには動かぬものです。
先方の口癖は、「あなたのことを尊重してるから、同等に扱う!」でした。
対する私の言い分は、「いや、でも19歳だからもうちょっと舐めてかかってほしいんですけど・・・・」。
あちらとしては、彼方の世界では通用する正義があったのでしょうし、私の寄りかかり方も歪だったというか、自分からしても我儘が過ぎるな、と思うところはあるのですが。
私には、彼女らの幼さが不快でした。
実際、期待した私が悪かったのだと思います。
アラサーが必ずしも全員、自らの賞味期限を意識し、そこへ恋人も居らず仕事にもたいして打ち込めぬまま到達してしまったことへの絶望を打ち破って、人間として一皮向けているわけではないというのに。
そもそも、賞味期限という意識すら無いかもしれないのに!

女としての賞味期限への意識。
正直言えば、私はオンナというものがどのような状態を指すのかイマイチわかっていないので微妙なのです。
わかりやすく言えば、モテ期の終わりということでしょうか。
モテるだなんて結局、最終的に結婚には至らない、セックスとまろやかな共依存をする仲になるための、第一段階です。
ただ、モテることが人の価値を裏付ける根拠の一つになっていることは確かであり、容姿と恋人が居ること以外、さして誇るところが見つけられなかったとしたら、それが自分の全てだと思い込んでしまうのも必然と言えましょう。
そして、女としての賞味期限とは同時に、少女としての賞味期限でもあります。
ある一定のラインを超えると、人は未熟であることを許されなくなります。もっと言えば、自分が「未熟だ」と開き直って何の努力もしない姿勢を、許されなくなります。
私は、彼女らに限らず、何かしら余裕のない年上の女性のひがみややっかみの原因は、ここにあると思うのです。
少女でありたい、未熟さを許されていたいという甘え、そして男にしがみつかなくては自分の価値を見出せない弱さ。
私は、あんな風にかっこ悪い大人には死んでもなりたくないのです。
これを読んでムカついて、私の見えないところで私に嚙みついてくるような、不細工な大人の女(笑)になるくらいなら、死んだほうがマシなのです。

世間のアラサーと未来の自分に完全に喧嘩を売ってみました。

BUMP VS RAD /夢の対決/露子

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BUMP OF CHICKENとRADWIMPS…

自分の意志で音楽を聴いたり、自分専用の音楽プレーヤーを持つようになる中学生くらいの時、この二つのバンドの名前が早い段階で上がってきませんでしたか?

当時この二つのバンドは共に、「中学生御用達バンド」と揶揄されていました(今もかもしれないけど)。

確かに彼らの楽曲、とりわけ歌詞は、絶賛思春期の傷つきやすく様々な葛藤を抱えた中学生にとって、一種の答えや慰め、励ましを与えてくれるような内容です。

そういった「歌詞に力がある」バンドとして、「BUMP好きならRADも聞いてみなよ」とか「RAD好きならBUMPも聞いたほうがいい」みたいに、同列に扱われていたので、セットで知った人も多いんじゃないでしょうか。

 

でも、BUMPもRADも両方聞くようになると、必ずと言っていいほどBUMP派とRAD派に分かれるのです。激しいファンになるとどっちがパクったとかどっちのほうが神だとかそういったことで無駄な争いをします。(その様子はいずれかのYoutubeの公式MVのコメント欄を遡ると見れます)

同じ「中学生御用達バンド」でありながら、常に比較される存在であるこの二つのバンドについて、ちょっと私なりに考えてみました。

 

○共通(似ているとされる)点

・メッセージ性の強い歌詞

・声

・全体的に陰キャな感じ

・ボーカルが作詞作曲

・ボーカルがカリスマ的存在

この他にも音楽性の類似(特に『車輪の唄』(BUMP)と『携帯電話』(RAD)は似ていると言われる)なども楽曲ごとにはみられるかもしれないんですけど、とりあえずこんな感じだと思います。

今回は、双方ともに大きな魅力である「歌詞」について比較してみます。

 

あくまで私の印象ですが、BUMPは人間コミュニケーションにおける普遍的な事実を歌っている曲が多いように感じます。

例えば『花の名』(2007)の一節

簡単な事なのに どうして言えないんだろう 

言えない事なのに どうして伝わるんだろう

ここで歌われているようなことは誰しもが体験したことがあるものだと思います。

多くの人が人生の中で感じたことのある感覚を巧みに言語化する、それがBUMPの歌詞が共感され支持を得ている大きな理由だと思います。

 

一方、RADはざっくり言うと恋愛について歌っている曲が多いです。今話題の『君の名は。』の主題歌、『前前前世』(2016)もそんな感じですよね。

君の前前前世から僕は 君を探し始めたよ

そのぶきっちょな笑い方をめがけて やってきたんだよ

こんなこと本気で言えます??

ある特定の相手に向かって、その相手がどれだけ素晴らしくどれだけ愛しているか、をあらゆる言葉で表現している印象があります。その大げさともいえる愛情表現が唯一無二というか、野田洋次郎にしか言えない、こんな表現あったのか!て感じで素敵だから恋愛主義な人々に好かれるんじゃないか、と思います。

 

こうやって大雑把に特徴づけて話してみると、その枠に当てはまらない部分が目立ってきてしまいますね。

例えばBUMPにも『リリィ』や『アルエ』といった明らかに特定の対象に向かって歌われてる歌もあるし、RADにだって『オーダーメイド』とかは大きいことを歌ってるし。

あと、両バンドとも社会や弱い自分を皮肉った歌を歌いますよね。私はBUMPのでもRADのでもそれが好きですね。

 

こうみると確かに似てるところたくさんあるなあ…という感じですが、どちらの楽曲も十分にそれぞれ「藤原基央にしかできない表現」/「野田洋次郎にしかできない表現」であると思うので、優劣じゃなくて肌に合うか合わないかですよね。

ちなみに私はBUMPの方が肌に合いますね、藤原基央ゎ神。。。。

 

「星くず☆ういっちメルル」VS「MASCHERA〜堕天した獣の慟哭〜」/夢の対決/なご

タイトルまんま過ぎて怒られそうだからどっか伏字にしようかなとか思ったけどまぁいいや。

どうもなごです。

最近無気力すぎて、なにもやる気が起きません。テキトーに学校に来て、たまにバイトして、そんでもってお酒を飲んでは記憶を飛ばして、次の日ずっと家で寝てみたいな日々を過ごしております。そろそろ就活に本腰を入れなければと思いながらも何もできていない、というかする気がないというのが実情です。心のどっかで何とかなるとでも思っているんでしょうね。生きてる理由としては火曜日にみくりさん、金曜日にムラサキに会えるのが楽しみだからですね。それ以外ないので今クール終わったらどうしよう、しぬしかないのかなとか思ってたんですけど、ルル様が復活と聞いて新たな生きる希望が生まれました。オールハイルブリタニア!!

なんだかブログの出だしっぽいですね。ハイ。
こういう感じで始まる文章が一番つまらないということをわかっているものの、締め切りも過ぎてしまったしだらだらと書いている今現在。3年生なのにお恥ずかしい限りでございます。
さて、夢の対決、○○vs.××、と聞いていろんな話が思いついたはいいものの、結局どれも面白いように膨らませることができないまま、さてどうしたものか。

 

 

世の中には2種類の人間がいます。

 

そう、天然パーマとそうでない人間です。私はご存知の方は見ればわかる通り天パ側の人間です。しかもかなり強い天パであります。
あまり信じてもらえないのですが、生まれたときはまったくもって天パじゃなかったんですよ、私。中学入ったあたりからだんだんとクセが出始めて、今のチリチリ頭に至る。って感じなんですよね。やっぱ男子校に入って性格ねじ曲がったから髪の毛も曲がりだしたのかなって思います。(そんなわけはない)
最初は天パになってしまった現実を受け入れることができず縮毛矯正とかしてたんですけど、結局伸びてくる髪の毛は曲がってるからあんまり意味がないし、2週間もすれば元通り。それに1万円とかかけるのがばからしくなってからは何もしてないですね。いっとき坊主にすれば髪質が変わるなんていう迷信に騙され何度か坊主頭にしましたが結局のところ何の変化もなく、むしろひどくなったんじゃねとさえ思ってしまう有様でして。
天パでない人間は天パの苦労など露知らず、くそみそにいじり倒してきます。
やれ鳥の巣だの、やれスチールウールだの、その他ここには書けないようなあだ名の数々。
結局天パとそうでない人間は相容れない存在なのです。
しかも、天パでない人間たちはそのままで十分にもかかわらず、なぜかお金を払って髪の毛を曲げようとするから理解に苦しみます。

結果何が言いたいとか特にあるわけではないけど、生まれ変わったらサラサラストレートの髪でありたい。
そしたら人生も少し楽しいかもね。

ライブハウスVSホール/夢の対決/生野菜

『OLDCODEX Tour 2016-2017 “FIXED ENGINE” 』が2016年9月24日(土)@Zepp Diver Cityよりスタート!
全国、そして上海・韓国のライブハウス・ホールを駆け回っている真っ最中!
つまりは今めっちゃ激アツ!!やばいね!

ということで、こちらのツアー全21公演中4公演に参戦する私が、OLDCODEXにおけるライブハウスLIVEとホールLIVEの素晴らしさについて勝手に論じます。

ちなみに、OLDCODEXってなんぞや?という方もいらっしゃると思うので一言で説明すると、「ロックバンド」です。
興味があったらこちらへアクセス!
OLDCODEX Official website

さてさて、ライブハウスLIVEとホールLIVEの素晴らしさについて、以下の4つの評価ポイントで☆をつけていきます。

評価ポイント
①アーティストとの物理的な近さ
②アーティストとの精神的一体感
③暴れやすさ
④自由度

①アーティストとの物理的な近さ
ハウス︰☆☆☆☆
ホール︰☆☆☆

近さに関しては、基本的にはライブハウスが勝ります。
ライブハウスは座席指定がなくオールスタンディングなので、整理番号順に一度会場内に入場すると、どこへでも自由に行って大丈夫です。つまりは、たとえ整理番号が悪かったとしても、ステージの前方に行くことができるというわけです!
その点、ホールは座席指定があるため、後方の席になってしまうと前に行くことはできません。また、ホールはたとえ前方の列でもライブハウスに比べるとステージから距離があるので、全体的にライブハウスより劣ってしまいます。
キャパシティのわりにライブハウスの方はハコが小さいので、前方でなくても全体的にステージからの距離は近いです。

しかし、ホールも侮れません!
OLDCODEXのLIVEには、ホールにしかないイベント「客席降り」があるのです!OLDCODEXにはオーディエンス(客)をステージに上げて一緒に歌う定番曲がありまして、そのステージに上げるオーディエンスを探すためにOLDCODEXのメンバーがホールの通路を駆け巡り巡り巡りまくるんですよ!ただ通り過ぎるだけじゃなくて、見つめられたり手を取られたり話しかけられたりね······。通路沿いのオーディエンスはあまりの近さにだいたい死にます。
とはいえ、そのようなイベントに遭遇できるのは選ばれし者のみなので、全体的にはやはりライブハウスの方が物理的距離は近いです。

②アーティストとの精神的一体感
ハウス︰☆☆☆☆☆
ホール︰☆☆☆☆☆

これは、ライブハウスであろうとホールであろうと、OLDCODEXは会場のテンションを爆上げしてくれるので何も問題ありません。どちらであっても、誰であっても、OLDCODEXとオーディエンスは一つになれます。最高of最高。

③暴れやすさ
ハウス︰☆☆☆
ホール︰☆☆☆☆

これは「暴れる」というものの捉え方によって変わってくるかもしれませんが、個人的にはホールの方が暴れやすかったです。
ライブハウスは座席指定がないため、ステージの前方に行くと、人がぎゅうぎゅうになるくらいいます。満員電車の比ではありません。あまりの人の多さに酸欠になるレベルです。そのため、ヘドバン(ヘッドバンギング︰頭を上下左右に激しく振ること)する時は、後ろの人に背中を押されながらやることになったり、ジャンプする時は、周りの人に身体を浮かされながらジャンプすることになったりと、いろいろ動きに不自由が出てきます。モッシュ(おしくらまんじゅう)に耐えられなかったり、好き勝手に暴れたいという人は、後方にいることが多いです。

一方、ホールは一人一人に席があるので、その席の中ではいくらでも暴れられます。動きたい放題です!ヘドバンやジャンプを阻むものは何もありません!その結果、ヘドバンの激しさは増し、ジャンプの高さは高くなり、トランス状態に陥ります。控えめに言ってやばい。実際、私はホールLIVE後の方が筋肉痛がすごかったです。この痛みさえも心地よく感じましたけどね。
ただ、ホールではモッシュやダイブはできないので、自由度が少し下がります。モッシュやダイブを楽しみたいという方は、ライブハウスがおすすめです。

④自由度
ハウス︰☆☆☆☆
ホール︰☆☆☆☆

まず、ライヴハウスの自由なポイントは、③でも述べたように、ヘドバン・ジャンプ・モッシュ・ダイブなど、様々な暴れ方ができるという点です。特に、モッシュやダイブはライブハウスでしかできません。
また、座席指定がない分、会場内の好きなところでLIVEが観れるのも、ライブハウスならではです。

一方、ホールは座席が指定されているため、開演直前まで自由に動けます。ライブハウスだと、一旦その場を離れてしまうと他の人に取られてしまう心配がありますが、ホールはその心配はありません。急にトイレに行きたくなっても大丈夫というわけです。
また、服装もライブハウスに比べると自由です。基本的にOLDCODEXのLIVEは、周りの人に考慮して動きやすい服装で来るのがルールですが、ホールは一人一人座席があるため、周りの人に気を使う必要がライブハウス程はありません。「LIVEだけど、ちょっといつもよりお洒落したい······」という時も、ホールなら少しは許されます。しかし、結局とんでもなく激しいヘドバンをするハメになるので、動きやすい服装で来ることをおすすめします。

《総評》
以上、4つのポイントより、ライブハウスLIVEとホールLIVEのどちらが素晴らしいのかを判断させていただきたいと思います。

············

············

············はい!

どちらにしろOLDCODEXのLIVEは最高です!!!

ごめんなさい!別に判断を投げたつもりではないんです!
本当にどちらのLIVEも熱くて楽しくてトランスできて······とにかく最高なんです。

ただ、やはり判断を丸投げするのは悪いので、強いて言うなら、初めてOLDCODEXのLIVEに行く方にはホールをおすすめします。
初めての方でも自分の席で自分のペースでLIVEを楽しむことができるので、是非まずはホールから遊びに行ってみてください。

「じゃあ、ホールのLIVE行ってみようかな······」と思ったそこのあなたに耳寄りな情報!
なんと!1月14日(土)15日(日)の2日間、日本武道館にて、OLDCODEX、LIVEやります!!
ホールです!座席指定です!日本武道館です!やったね!
只今チケット好評発売中です。
思い切って遊びに行っちゃいましょう。
布教材料は取り揃えておりますので、気になる方は是非生野菜まで。

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OLDCODEX Tour 2016-2017 “FIXED ENGINE”  日本武道館公演

日時:
2017年1月14日(土)             OPEN17:00/START18:00
2017年1月15日(日)            OPEN15:00/START16:00

会場:日本武道館

料金:指定席/着席指定席 7,000円(税込)

<e+(イープラス)>
■URL:http://eplus.jp/ 〈PC・携帯共通/要事前会員登録(無料)〉
■店頭購入:ファミリーマート店内の端末「Famiポート」にて直接購入

<チケットぴあ>
■電話予約:0570-02-9999(Pコード:299-731)
■店頭購入:セブン-イレブン、サークルK・サンクス、チケットぴあ店舗
■URL:http://t.pia.jp/ 〈PC・携帯共通/要事前会員登録(無料)〉

<ローソン>
■電話予約:0570-084-003(Lコード:77000)
■店頭購入:ローソン・ミニストップ店内Loppiにて直接購入
■URL:http://l-tike.com/ 〈PC・携帯共通/要事前会員登録(無料)〉

弱小vs強豪、それと弱小vs弱小/夢の対決/T

広島カープ25年ぶりのリーグ優勝に日本中(?)が沸いた今年。長い間、ずーっと辛い思いをしてきたであろう知り合いのカープファンの人が泣いて喜んでいたので、別にカープファンではない私だけれど、よかったですねーとほっこりした気分になった。酔っぱらいながら、ここまでの鯉党の苦節を語られるのは、ちょっとうっとうしかったけど。

私もスポーツ観戦が好きで、プロ野球とサッカーJリーグに、それぞれなんとなく応援しているチームがあるのだけど、どちらの方も「あーあ…」って感じで今シーズンを終了したので、寂しい気持ちでオフシーズンの冬を迎えている。どっちも「弱小」と言えるチームなので、同じく「弱小」チームだった(優勝したから今はそう言えないか…)広島カープの躍進はとても羨ましく、応援をしていた人の色んな思いに共感してしまう部分も多かったのでした。

 

…強いチームよりも、なんとなく弱いチームの方を応援してしまう…という感情の謎について、「弱小」チームファンは自らを不思議がりながら、応援をします。負けが込むチーム状態に心を痛め、負けが込み過ぎてシーズン終盤が消化試合になることに虚しさを覚えながら、それでも声援を送り続ける。そしてその闇の中にも、なんとか楽しみを見出そうとします。(若手選手の成長とか。)しかし、その頑張って手塩にかけて育成した選手たちも、いずれは給料の良い金満「強豪」チームへと移籍していくのです。頑張って生み出した喜びは、いずれはそれ以上の悲しみを生む。

そんな負のスパイラルの中にも、たまーに(…さすがに25年は長すぎるけど)監督の力量とか戦力とか運とかが偶然かみ合う年があって、成績がよかったり、上手くいくと優勝なんかに手が届いちゃったりする。嬉しすぎてどうしようもないんだけど、普段喜びなれていないので、なぜか冷めた態度をとってしまって後悔する。それでも心の中はちょっとふわふわとしていて、やっとこのチームにも春が…とか思っていると、翌年はどん底の最下位だったりして、まあそんな上手くいかないよなとか思いながら、再び負のスパイラルの中へと歩みを進めるのです。

「強豪」チーム相手に、なんとか立ち向かっていく万年「弱小」チーム。その姿に自分を重ねたりして、毎日の活力に変換する楽しみ方。(ダメ―な気分になることが多いけど…)こんなこと、常勝軍団とか呼ばれてるチームじゃできないです。…結局自分の性格の問題なんだけど。

 

ただ、「弱小」と呼ばれるチームの中にもいろいろあって。いつかは強くなろうと、選手、監督・コーチ、フロントが堅実に努力しているチームもあるけれど、まず選手にやる気がなかったり、能力は無いのにネームバリューばっかりある監督しか就任しなかったり、数少ない資金をどうでもいいところに浪費しちゃったりするチームもある。そういうダメダメ球団・クラブのほうが、人間味があるっちゃあるんだけど…そんなとこに自分の人生重ねちゃだめだ!って意識が働くのです(ここにも性格が…)。

真面目な選手たち、研究熱心な監督、的確な選手補強と資金運用をするフロント…私が応援しているのはそういうガチガチ堅実チームなんだけれど、真面目すぎて勝負弱かったりもして、なんだかなーって思いながら、それもまた愛おしかったりで。来年はなんとか今年のカープみたいに頑張ってほしい!と思うけど、まあ負けてしまってもどうせ応援し続けるしな…とかだらだら考えています。弱いから。

 

見えるものvs見えないもの/夢の対決/エーオー

筋肉教経典・草案

 ――ヒーローは遅れてやってくる、筋肉はあとからツイてくる!――

信じるものが何もない?
何をよすがに生きていったらいいのか分からない?
人生とは死ぬまでの時間の消費で、そこに幸せも希望も見えない?
お任せください! 
“筋肉教”はそのすべてを解決します!

***

さて、不景気真っただ中。イデオロギーも崩壊したこの時代。
盗んだバイクで走り出せない私たちは、多様な選択肢の中で立ちすくむ日々。
そんな時には宗教を。その光明がゆくべき道を照らす!
でも、いるかいないかも分からないものが、本当に困っているときに助けてくれる保証はある?
さて、かの有名な『星の王子様』の言葉です。
「大切なものは、目には見えない」
神様。目標達成のための努力。明日を生きるための希望。好きな歌の歌詞の“きみ”。大切な友人、愛する人との絆。そして、心。なるほど、並べてみればどれもこれも目に見えないし手に取れやしません。
ただちょっとばかし、見えないものが多すぎやしねえかい?
だったら、見える神様を。

それはつまり、筋肉!

***

そう、たとえば道すがら時空を超えたティラノサウルスに遭遇したとき。
神に祈るより筋肉を動かせ! 大腿筋、前脛骨筋、その他大勢のゆかいな筋肉達があなたの力となるでしょう。
そう、たとえばせっかく覚えた英単語がまったくテストに出なかったとき。
神を恨むより筋トレだ! やればやっただけそれは筋肉として結果にあらわれます。
そう、たとえばイライラして人に当たってしまったことを後悔するとき。
神に謝るより筋肉を鍛えろ! 体力はあなたの心に余裕を生み、その余裕は誰かへのやさしさになれます。

***

「「「筋肉教? けっきょくただの運動大好きドMマッチョ暴力肯定集団じゃないの?」」」

そう、筋肉には常に悲しい誤解が付きまといます。筋肉、それ即ち運動と。
わけも分からず参加させられたマラソン大会、そりの合わない運動部部員との接触――このように、幼少期からたびたび繰り返されてきた理不尽な経験が、運動それ自体に憎しみを抱かせていることもあるかもしれません。
ご安心ください!
もはや筋肉を信じるのに、これ以上あなたの嫌いな運動をする必要はありません。
なぜなら、この世のあらゆる事象は“筋肉”なのですから!

たとえば、こんな経験はありませんか?
「荘厳な滝つぼをみて、悩みがふきとんだ」
滝。それは水流が巌を削り木々が生え、破壊と再生を繰り返した末の芸術。
これってなにかに似ていませんか?
そう、筋肉です! 滝は筋肉。ならばこの世のなにもかも、千切れてぼろぼろになっては強くなり蘇る筋繊維!

「バイトで得た経験が就活の面接にも役に立った」
そう、それは筋肉! 経験という“筋肉”による直感と反射!
「この論文はかなり文献を読み込んだ努力がうかがえるな?」
そう、それは筋肉! 誰よりも学問に向き合ってきたあなたには、理論を支える“筋肉”が見える!
「こんなにうれしいことがあるなら、生きていてよかった」
そう、それは筋肉! どんなに傷ついても再生し発熱する心が、筋肉でできてないはずがない!

***

筋肉教信者に必要なのは、礼拝でもお布施でもありません。
人生ぜんぶ、筋トレだ!
泣いて笑って怒って沈んで、時間も心も身体もぼろぼろになるまで費やしたものは、きっとあなたの“筋肉”になる!
あなたが光を手に入れるときも、筋肉はあなたを支えているでしょう。

ツリ目タレ眉はいいぞ/夢の対決/みくじ

以前、ツイッターで回ってきたアンケートにこんな二択があった。

タレ目ツリ眉
ツリ目タレ眉

たしか投票は1000前後で、結果は前者が6割強の支持を得た。

恋愛経験が豊富とは断じて言いがたく、俳優なんかもよく知らず、恋バナやあの映画の〇〇くんが恰好いいだとかと言ったトークには一切着いていけた試しがない。
しかし私はオタクであった。各作品に何人も推しキャラが出来るガバガバオタク女であった。そして授業中はいつもノートの端にお絵描きをしてしまうオタクであった。右脳が未発達なのか理屈が分からないとイメージが出来ず、視覚情報を一旦言語化しないと手が動かせないお絵描きオタクであった。

何が言いたいのかと言うと、いわゆる好みのタイプが超明確なのだ。それはもう常連客のラーメンの注文かスタバで唱えられる呪文のようにはっきり決まっている。いや、麺硬め野菜多めにんにく少なめだとかダークモカチップフラペチーノエクストラホイップキャラメルソース追加シナモン掛けなんかより遥かに複雑だ。

まずは見た目から行こう。
切れ長ツリ目三白眼(横長の逆三角の上辺に黒い点を打ったようなアレ)、眼に近づきすぎない並行眉、幅のない高めの鼻、唇薄め、真顔になった時の口角下がり気味、黒髪か白髪(ただし後者は2次元に限る)、前髪は目にかかるくらいで耳と首が見えるよう襟足は短く、長身猫背、胸郭普通で胸筋薄く、骨盤小さめ。

次に立場と性格。
主人公たちとは対立するグループで、そこそこ高い位置だがラスボスではない。飄々として食えない印象があるが身内には甘く、面倒見のいい年長者。戦闘力もそこそこあるが頭も切れる。実はラスボスや所属組織の頭とは別の意図があり、ボスに逆らって中盤から終盤で死ぬ。その際に主人公に何らかの助言を残す。

ああ、尊い。

まるで特定のキャラクターのことを言っているようだが、これは今まで見てきたあらゆる作品での推しにあらかた共通している。

つまり私はツリ目タレ眉派だ。
競争相手が少ないことを喜ぶべきか、理解者が少ないことを悲しむべきか。

季節/夢の対決/あおいろ

夏ってなんでこの世に存在してるんだろって考えてしまうレベルで、私は夏が嫌いです。

 

理由は簡単。暑いから。

暑いと、すごく無気力化しません?何もやりたくない。動きたくない。なんならこのままいっそ蒸発してしまいたい。頭が全然回らなくなるし。いつもは一瞬で終わりそうな問題も、片付けるのにすごく時間がかかってしまう。とにもかくにもやる気が全く起きない。
やっとのことで外に出ると日差しがキツくて体力消耗するし、かといって室内は冷房ガンガンで凍え死にそうになることもあるし。そりゃバテるわな。

虫が大の苦手な私はその面でも夏はつらい。
蚊とか、ゴキブリとか、セミとか。なんであいつらは夏に一斉に動き出すんでしょうね。セミは、あの暑さを助長してくる鳴き声にもうんざりしますけど、力尽きて道端に転がってるのも罪深い。死んでるならまだしも、大体がまだ生きてて突然ジジジッてもがきだすのがもう恐怖。

あと、夏休みも嫌い。
いや、これは私が計画性を持って生きていないのが悪いんですけど。長期休暇になると、必ずダメ人間になってしまう。自分にほんとに甘い人間なんで、毎日学校あったり誰かが管理してくれないととことん堕落してしまう。中学高校時代は、本当に夏休み無くなればいいのにって思ってました。改善する努力をしろよって話なんですけどね。

 

それと比較すると、冬はまだどうにかなる気がするんですよね。
寒いのは、服を着込んでカイロ貼っとけばなんとかなるし、虫いないし、冬休みは短いからまだなんとかなるし。あ、朝布団から出られないのはつらいですけどね。人をダメにしそうなコタツっていうのも強敵ですけど、我が家には無いので問題なし。

 

ということで今回の「夏vs.冬」は冬の圧倒的勝利……というより夏の圧倒的敗北によって幕を閉じたいと思います。

ちなみに私は春が一番好きです。