うたに生きる/きになるあの子/エーオー

あこがれのTさんへ!

たとえばおこがましいですが、私が平安貴族だったらでも相変わらず消えたくて、出家したいとぼやく日々でしょう。木の戸から陽のあかりを採るためにくり抜かれた草模様の繊細さや、細やかに名の付けられた色たちの織りなす組紐で、心を慰めて永らえつつ、何も為せずただの命を乗せた器としての価値しかないのなら、ものなど思わなければよかったと別の何かに焦がれているのでしょう。

そんなときに、あなたの作った歌に会いたい。他のすべてをうっちゃって、床にその歌を置いてみて、対峙するように両手をついて、目が乾くのにも構わず並べられた言葉を食い入るように見つめて、眩さの奔流に胸を打たれるのです。歌のために、こんな歌のために生きようと、その日から言の葉あつめに奔走します。

さて、歌を詠んだあなたは、きっと蹴鞠では端っこの方にいらっしゃるのでしょう。活発な殿方に少し辟易しながら、跳んできたときはおどおどと返す姿が目に見えるようです。大丈夫、言葉はあなたの味方です。あなたは気づいていないかもしれないけれど。大袈裟でなく、苛烈でもなく、そっと柔らかく何かを思う言葉が鹿おどしからこぽんとこぼれた水のようできれいです。

現代ではベースをおやりとのことですから、雅楽に精を出しては如何でしょう。宴であなたは一段高いところにいるようなうつくしい人にきらきらと憧れながら、触れられないならばせめてと素朴に、ひたむきに音を奏でるのでしょう。

そうですね、考えたのですがこの時代、男と女は簡単に会うことはかないません。となると、私のいない歌合で詠まれたあなたの歌は見られないことになる。何てこった。いけない、そんなのは良くありません。私は書き損じでうっちゃられたあなたの歌だって見たいのです。

ならば、と。私は風になりましょう。こもって死ぬのを待つよりも、生きたと思わせてくる歌を見つけに次々と、次々と吹き回ります。あなたが誰かへの言葉を載せた貝殻を、きやらきやらと揺らして素敵ですねと言います。そうしてずっと駆け回っていたらいつか時空を超えてしまって、今日のマンションの外にある大きな櫻の老木の、根っこの窪みに溜まった水がこぽんと鳴って、あなたの文章にふと会いたい。

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「うたに生きる/きになるあの子/エーオー」への2件のフィードバック

  1. 平安貴族っていうアイデアがいいですね。エコノミックアニマルの時代ではこんなゆったり感とか風流さとか出せませんからね。
    Tさんの雰囲気も(自分の勝手な想像ですが)よく出ているなと思います。
    時空の戻し方って何が正解なのでしょうかね。個人的には突然無機質な「マンション」が出てきてついて来れなかったです。もちろん場面としてはもっと柔らかいのはわかるのですが。

  2. はじめに投稿されたオリジナルは芯が立っていたので、書き足したことですこしTさん本人から焦点がずれてしまったかなと思います。でも文章としての完成度は上がってるし、そのあたりの塩梅が難しいのか。
    Tさん自身がよく題材としてとりあげる歌にターゲットを絞ったことで、なべしまさんと差別化ができているなと感じました。でも作品と人物、と簡単に切り分けられないのが面白いところです。

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