おはやし、まぼろし/気になるあの子/ほのほ

夕闇、酔いどれ、千鳥足。塀から塀へ、脱げた靴にも気づかずに、女がひとり。

失恋して、会社を休んで、酒を浴びるほど飲んだ彼女の現在である。どうしてうまくいかなかったのか。髪型もメイクも、すべて彼の好みに変えた。一緒にいる時間が楽しいように、笑顔を絶やさない努力もした。時々プレゼントだってした。なのにいきなり別れようだなんて。憂鬱と痛む足を引きずって、彼女は路地を踊り歩いた。

コンチキチン。

ふと聞き覚えのある音がして、さっと酔いがさめた。故郷を離れてしばらく経つが、彼女にはすぐにピンときた。それは、祇園祭のお囃子だった。おかしい。なぜなら夏はとうに過ぎていたし、第一ここは京都ではない。酒にあてられて幻聴でも聞いたのだろうと彼女はその場を片付けて、冴えた頭で家路へと引き返した。

ヨーイヨイ。

今度は歌う声が聞こえた。お囃子によく合うような、伸びの良い子供の声だった。また幻聴か。おかしな日もあるものだと、彼女は再び歩き出した。そのときだ。ひょこ、と着物の童子が二人、どこからともなく飛び出した。

「お姉さん裸足で寄っといで」
「真っ赤のお顔で寄っといで」
「見えぬ人には見えもせん」
「未来が変わる素敵なお店」
「富も名誉もなんでも揃う」
「仮面屋敷へいらっしゃい」

ヨーイヨイ、と再び揃った声と同時に、今度はびゅう、と北風が吹いた。思わず閉じた目を再び開くと童子はそこにはおらず、代わりにあるのは延々続く石畳。そしてそれに沿うように、なるほど、ずらりと仮面が並んでいた。

あまりに理解を超える光景に出会ったとき、人はどうするのか。答えは大抵ひとつ、楽しもうとするのだ。彼女もまたその例外ではなく、試しに1つ、仮面を手にとった。つけてみればなんのことはない、それは、頭の中で映画が始まるような感覚だった。

どうやらそれは、金持ちになった自分の人生を切り取ったもののようだった。ブランド物で固めた身なり、微笑んで近づいてくる多くの人、すべてが初めての体験で、思わず口がにやけた。

なかなか気分の良いものだ。いい気になって彼女は次々と仮面を試した。男をたくさん惹きつけたり、勉強ができたり、それから、テレビで人気者になっている自分もいた。

そうして歩いていくうちに、おそらくは出口を示す暖簾に突き当たった。
「どれかおひとつ、ご自由に」
そう書いてあった。しばらく迷った末、彼女は結局、何もとらずに暖簾をくぐった。目の前に広がったのは今までいた路地。後ろを振り返っても、同じように陳腐な風景が続いているだけだった。

どうして何もとらなかったのか。それは実のところ、彼女にもわからなかった。どれかをとっていれば、私の人生は変わっただろうか。逢う魔が時が気まぐれに見せた幻として片付けるのがもっともだろうけれど、それでも少し悔いは残った。

しかし程なくして彼女は思い当たった。きっと、寂しかったのだ。仮面をかぶった私は本当の私ではない。おかしな力でちょっともてはやされたって、その実、私自身の心は、本当に満たされるだろうか。

恋人のために自分を変えてみても、怪しげな仮面で名誉を手に入れてみても、最後はきっと演技に疲れて、しなければよかったと後悔する。それが、自分には似つかわしいオチのように思えた。

慣れないことはしなくたって、私は私のままで、きっと私の人生を、楽しめるはずだ。そう考えたのだった。結局私は、私のままが、一番いいに決まっているのだ、と。

※楽しくなるかなあと思って色々やってはみたけれどどれもあんまりだったので戻したい、と仰っていた方を主人公のモデルにとってみました。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「おはやし、まぼろし/気になるあの子/ほのほ」への2件のフィードバック

  1. 独自のスタイルが決まって来たのか、過去の文章もふまえてとても”らしい”文章でした。
    文調もそうですが、全体の雰囲気も素敵でした。

    今回は、縦書きの小説風の方があっているのかも。字体も含め、いろいろ挑戦してみるものいいと思います。

  2. やっぱ文才ありますよね。毎度感服させられております。彼女からここまで話を膨らませる力、最高です。
    ただ、今回はオチが少し弱いというか教訓じみた感じの終わり方が文章の流れを切ってしまったと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。