折れる/リョウコ/気になるあの子

どすん、と隣のソファが沈んだ。遅れて頬を埃っぽい空気が掠める。
「お、待井さんじゃないっすか」
常盤お疲れっす、と紙コップを傾けたら、ういっす、と同じ角度で待井さんもコップを傾けた。
今日の待井さんは人間に戻っている。
卒業公演で座員60人を束ね、恐らく寝る暇さえなかったであろう公演直前、先週の待井さんは例えるならば原始人だった。
もとより量の多い髪の毛は束ごとに自由にうねって、もさもさと茂り、肌は不規則な生活がにじみ出てくすみきっていて、なんと不精髭まで生えていた。ここに、普段の待井さんの猫背、やたら白目の割合の高いギョロ目、大きな耳がプラスされたらそれはもう原始人である。
「いや、ほんと疲れたわぁ。やっと寝れますよ、ガチで」
私の隣で、髪を切り髭を剃り、睡眠不足を補うように惰眠を貪った結果、やっと文明を手に入れ、見事人間の仲間入りを果たした待井さんがオレンジジュースをぐびぐびと飲んだ。
「常盤も終わったし、サークルも終わったし。あとは彼女探しだけっすね!どうすか、クリスマスは」
「いや、まあ、それはそれ、ほら」
成程、ガラ空きらしい。
しかしそれは、悲しいことに私も恐らく同じだった。
断っておくが、待井さんと同じように相手が居らず、未然の相手も居らず、故に聖夜を持て余している訳ではない。
空けておいたのだ。もしも、のために。
「聞いたらいいじゃないすか。待井さんも小奇麗にして、煙草やめて、お金ためて、したらフツーに彼女できると思いますよ」
フレデリックのプロモに出てるレベルのかわいい女の子なんていう阿呆な高望みをしなければ。
を、私はぬるいビールで流し込んだ。
「お、マジで」
「一女とか、声かけてみたらどうすか。奢りなら大抵の女子は来ますよ」
例えばそうですねえ、と右から左へ一女を探す風を装って視線を彷徨わせる。
あ、居た。
カメラ片手に後輩の女の子と話し込む、薄っぺらい背中を見つけた。
此方からは背中しか見えないが、相手の子の表情からするとだいぶ話が弾んでいるらしい。
ああ、そんなことしてたら、先輩。
すっと、自然な流れでもう一人がその輪に加わった。女の子も嫌な顔せず彼を受け入れ、3人のグループで話し始める。
やっぱりね、とかなるほどね、とかそういう感想以外持ちようがなかった。
じゃあ、俺、飲み物とってくるわ。
と、先輩が場を離れる。
あ、なら俺も。
彼も後を追う。
こうして自然にグループが解散した。
思えば、先輩と話そうとするといつだって、ああしてやんわりと彼に引きはがされていた。
遥香さんは、付き合ってんじゃないの、と冗談めかして言っていたけど、私は間違いじゃないような気がする。
だって、先輩はやっぱりクリスマスを彼と過ごすのだろう。声をかければそこに私が加わってクリスマスパーティにもなるだろうけれど、それは所謂三角関係というやつであり、彼も私も本意ではない。
クリスマスにバイトを入れよう、と私はビールを飲み干し決意した。
舌に残った泡が苦かった。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「折れる/リョウコ/気になるあの子」への5件のフィードバック

  1. 最高ですね。なにがって、(私からすれば)こんな繊細で複雑な感情を抱ける相手がいて、しかもそれを本人にも見えるところで述べられることがです。最後の一文なんか特に、ときめきをありがとうと頭を下げてしまいそうですね。

    ただ後半の人物の動き(「先輩」の対象など)にわかりづらいところがあって場面がうまく浮かばなかったのが残念です。きっと私の理解力の乏しさもあるのでしょうが。

  2. 名前が一切出てこないのに二人が目に浮かぶようです。むしろ、いつもありがとうございますと言うべきでしょうか。
    意識的か無意識か、二人の関係に乾杯です。

  3. 待井さんの存在の咬ませ犬感が良かったです。スタジオ生の異性というテーマをだしに使い、自分の好きなジャンル(書きやすいスタイルや伝えたいこと)が上手く表現できていると思います。

  4. ごめんなさい。最後の描写誰が誰なのかわかりづらいというかわからなかったです。
    せつないという雰囲気だけいただきました。
    あと、待井くんお疲れ様でした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。