死ぬ勇気があればきっと何だってできる/片付け/オレオ

こもったようなその音は朦朧とした意識がはっきりするにつれてけたたましく鳴り、耳に響いた。4月4日、気怠そうに起き上がり、まだ新品の匂いのするカレンダーに✖でシンナーの匂いを上書きする。

 

「思ったより早く来ちゃったな……」

 

これまでに特別これといって努力したことがあるわけでもない。日々のうのうとただ生きて、遊んで、自分のしたいようにして生きて来た当然の結果だった。テキトーな高校を受験して、大学もとりあえず行っとこうという感じで、勉強せずに入れる私立を受験して普通に入った。大学でもそれは変わらなかった。成績なんて関係ない、とりあえず卒業するのに必要の単位だけを最低限もらえればそれだけで良かった。

 

でも、気付いた時にはもう遅かった。就活をするにあたって、まず企業のエントリーシートを書かなければならなかった。記入欄には大体決まってこう書いてある。

 

【自己アピール】

_______________________________________________________________________________________

 

【あなたがこれまでに頑張ったこと】

_______________________________________________________________________________________

 

 

―――何も書けなかった。

 

一日中、パソコンと向き合ってエントリーシートを埋めようとしたが、指はほとんど動かなかった。たまにそれっぽいことを打ち込んでみるも、どれもありきたりで、中身は空っぽなことばかりだった。【Backspace←】を少し長押しするだけでエントリーシートはまたすぐ真っ白になった。

 

就活は失敗した。当然のことかもしれない、俺はいてもいなくても変わらない存在だったのだから。だから俺は今日から死ぬために生きようと決めた。せめて、自分が積み上げてきたマイナスをゼロに近いマイナスにして死のうと。

 

 

 

 

「全部で3万円になりますがよろしいですか?」

「はい、全部売ります」

 

身の回りの物は全部売り払った。ミニマリストというのはこういう状況のことを言うのだろうか。バイト代あわせて316万、案外バイトでも稼げるもんなんだとこの時思った。いっそこの金をパーっと使いたいという欲が脳裏をよぎったが、それを振り払って静かに封筒に金をいれ。封筒には“ごめんなさい”と一言書いた。

 

片道のタクシー料金だけを持って、一番近くにある海辺に向かった。一瞬で死ぬ飛び降りではなく、死ぬのに時間がかかりそうな溺死を選んだ。苦しんで死にたかったわけじゃない、少しでも長く生きている実感を得ながら消えたかった。それにこれ以上人に迷惑をかけずに済みそうだったから。

 

映画とかではよく見るけど、どうやって溺れればいいんだろう。浅瀬でいいのだろうか、それとも沖まで出たほうがいいのだろうか。とりあえず、何も考えずに泳いだ。どれくらい泳いだだろうか。身体はもう限界で、頭もボーっとして来た。振り返ってみると、意外とまだ陸は近かった。死ぬ恐怖を紛らわすように、強がって“こんな体力無かったっけ”と心の中で苦笑いした。浮いているのも限界で、ようやく俺は浮くのをやめた。身体はゆっくり沈み、海は外の音を遮断した。

 

―――シニタクナイ……

 

気づいたら海辺で仰向けになっていた。どうやって戻ってこれたのかも覚えてない。結局死ぬことからも逃げて、俺は子供のように大声で泣き崩れた。歩いて家に帰ると封筒を握りしめた母親が泣きながら抱きしめてくれた。俺はただ、“ごめん”と繰り返し、また大声で泣いた。

 

4日以降に破いたカレンダーをテープでつないで、少し先の母親の誕生日に◎を付けた。

死ぬのはもう少し先でもいいかと、また俺はいつものように逃げた。だけど、なんだかそこにはいつもの後ろめたさは無くて、逃げたのに少し前へ進めたような気がした。

 

 

 

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「死ぬ勇気があればきっと何だってできる/片付け/オレオ」への3件のフィードバック

  1. 死ぬのが怖くて生き延びてきた身としては、死に方について悩む描写はリアリティがあって良かったです。
    ただ、終始クールな感じの語り口の主人公が海に溺れてから陸に上がるまでの様子が個人的には想像しがたかったです。死にに行く海だから助ける人もいないだろうし、いたとしても海辺で放置されることはないし。主人公が無理なく帰って来られるような死に方にした方がしっくりくるのではないかと思います。

  2. 明るくて愉快なのを想像して読んだら、意外に暗くてあれっとなりました。
    片付けは一方的な行為ですよね。以前読んだ文の中に、死と対比になるのは生ではなくて生まれたその瞬間であるはずなのに、自分の人生と同じだけの質量を死に求めてしまうから死が必要以上に大きな存在になるのだ、という主張がありました。
    その点、片付けという廃棄行為に、その物が積み重ねてきた歴史全てを仮託するのは死ぬこととものすごく似ているのだなと気づかされました。いってしまえば死にも片付けにもセンチになりすぎる。
    主人公の今後が少しばかり心配になります。

  3. ちょうど最近身辺整理について考えていたのでこの文章は個人的にタイムリーでした。結局物を捨てられない性格なので断念しましたが。それだけこの世にまだ未練があるということでしょう。
    それは置いといて、やっぱりこの人は死にたくないんだろうなあってのが最初から最後まで貫いて感じられました。本当に死にたい人って、一番楽な方法とか、一瞬で死ねる方法をとると思うのにそれをとらないところ。あと、なんで彼は死にたくなったんだろう。そこにはあまりリアリティは感じられなかったです。そもそもリアリティを求めるべきか、という話ですね、すみません。

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