アリフレ・ザ・フューチャー/片付け/ほのほ

「はじめまして。リルといいます」
白日を背に、全長20cmくらいのそいつはおもむろに頭を下げた。

一人暮らしの愛息に、おせっかいは、母親の性。息子を思いやるあまり、時にはついつい送りすぎてしまうものだ。よくわからないサプリメントや、怪しげな自称・風水アイテム、はたまた、お掃除ロボット。そう、お掃除ロボットである。片付けを手伝ってくれるそうですと、受け売りの手紙だけを添えて。

息子の彼にしても、普段ならそんなもの、すぐに押入れの肥やしか不燃ゴミにでもしていただろう。しかし夏の魔物、もとい夏休みの魔物というのは恐ろしい。誰とも口をきかないまま、部屋だけが散らかっていく日常の繰り返し。そのとてつもない憂鬱からの救いが今まさに目の前にあることを、魔物はすっかり塞ぎこんだ彼にけしかけたのだった。

「名前を入力してください。」
再び、リルと名乗ったそいつは口を開いた。奇怪だ。機械だけに、とは言うまい。試しに彼は涼太と名乗ってやった。すると続けてリルは、住所は、家族は、間取りは、起床時間はと、嵐のようにまくしたてた。途中からは涼太も意地になって、口喧嘩のような質疑応答を終えた。ただ恋人は、という問いにだけは、頑として答えなかった。いないと言いたくなかっただけなのだけれど。

「改めまして、涼太さん。」
呼ばれて涼太は、心なしか少し身構えた。
「服装の乱れは?」
「は?」
「服装の乱れは?」
「こ、心の乱れ?」
「その通りです。」
その通りらしい。先生のようなことを言う。
「それでは」
それでは?
「部屋の乱れは?」
「部屋の乱れは…?」
「心の乱れです。」
やっぱりそれか。得意げな顔が少しむかついた。

「では、お片づけを始めます。」
無意味なイントロダクションを経て、いよいよリルは本題に入った。

「まずはそちらの紙の山を」
紙の山を。どうするつもりだ。もしもリルがすく、と歩き出し、せっせとそれらを整理し始めたなら、涼太はすぐにでも電源を抜いてやろうと思っていたのだけれど、

「大切になさっているようですね」
そう言ったのだった。続けて、なぜですか。と。思えば最初の質問責めからだが、リルには不思議な魔力があった。なぜか話してしまうのだ。普通なら初対面の相手になど、とうてい話さないようなことも。

「友達がさ、病気なんだ。」
涼太は答えた。それは手紙の山だった。涼太の友達、正確には片想いの相手と、交わし続けた足跡だった。

入院中はやることもないから、君、ちょっと付き合ってよ。とか、なに、大した病気じゃないからね、すぐに治ると思うんだけど。とか言って、にかっと笑うもんだから、僕はまんまと乗せられて、いつの間にかこんなに積み重なって。と、涼太は訥々と明かした。

他にもあれこれ、リルが何度も聞くものだから、そのたび涼太は乗せられて、べらべら語った。楽しかったこと、悲しかったこと、散らかった部屋のガラクタに、こうもたくさんの思い出が眠っていたなんて、リルがいなければ涼太には知る由もなかったろう。

「そちらの段ボール箱には、本がぎっしり詰まっているようですが」
ああ、これはね、読み終わった本を弟に送ってやろうと思って…と、口にして涼太は、もうすっかり西日が傾いていることに気づいた。この調子じゃあ片付けなんて、全然進まないじゃないか。片付けたいとも思っていなかったけれど、思わずそうこぼした。

「涼太さん。」
話し疲れた涼太にリルはもう一度呼びかけた。

「すっきりしましたか。」

すっきり。訊かれて初めて気がついた。空気が美味い。気分が明るい。視界も心なしか鮮やかになった。胸が軽くなるとはこういうことかと、涼太は実感した。

ああ、そうか。お前はちゃんと、せっせと休まず、片付け続けていたんだな。

「お部屋の乱れは、心の乱れです。」

涼太は段ボール箱を抱え上げ、橙に光る暮れの空を郵便局へと急いだ。

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「アリフレ・ザ・フューチャー/片付け/ほのほ」への2件のフィードバック

  1. お片づけロボットとはそういうことか。知らないうちにあった先入観を鮮やかに裏切る展開でした。話を聞いてくれるロボットが本当にできたら、人間それだけで満たされないだろうかというのが個人的なテーマだった時期がありました。AIと人間の関わり方の物語であれば長谷敏司の「BEATLESS」がオススメです!

  2. ほのほくんの、ポップな文章初めて読みました。
    陳腐な例えをします。歌詞や構成から感じ取れる独特の世界観が好きで応援していたバンドが、メジャー志向に走り出した感覚。
    いや、ほのほくんは全くそんな気は無いんだろうけれど、いつもの文章よりも少し物足りなく感じました。RADの前前前世を聞いた時の感覚、BUMPの宝石になった日を聞いた時の感覚でした。

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