代替行為/片付け/Gioru

無性に部屋の片付けや掃除をしたくなる時がある。

 

身に覚えのある方も多いのではないか。テスト前、勉強をしなければいけないのはわかっているが、何故か自分の部屋の汚さが気になってしまう。いつもその部屋で暮らしていて違和感など覚えないのに、その時ばっかりは嫌でも気になってしまう。

机の上の両脇に乱雑におかれた教科書やプリント、参考書を綺麗に配置しなおすのは序の口。机回りのゴミを捨て、散らばっているプリントたちを集めて丁寧に分類する。机回りだけでは物足りなくなって床の上に置かれているモノたちを、ここだと決めた場所にまとめて置いてみる。ふと横にある本棚に目を向けるとジャンルごとに分かれていないことに気がつく。一旦すべての本を取り出し、本棚に仕舞っていなかった本たちも含めて分類を始める。種類わけのほかに、続き物である小説などは巻数の配置にも気を付ける。

そうやっていくうちに部屋はある程度スッキリとする。ちょっとした秩序が生まれたようで満足すると、時計の針が真夜中であることを伝えてくる。早く寝ないと明日がやばい。そんな理由を付けて眠ってしまう。

なんてことはない、問題の先送りである。

 

今でも掃除をしたくなることはある。受験期ほど物が溢れている生活をしていないので、あの時のような大々的な掃除をすることは少なくなった。それでも、ふとしたゴミが気になって掃除機をかけたり、綺麗に見えるように本やファイルを並べなおしたりする。

 

特に綺麗好きなわけではない私が(汚いのは嫌だが)掃除をするときは、後から振り返ってみれば何か考えていたり、悩んでいたりする時であった。考え事をしながら掃除をするときもあれば、無意識に掃除をしていたこともある。

 

ルーチンをすることによって肩の力を抜いて最大限の力を出せるようにする、というものならとてもカッコいい気がするのだが、どうやらそうでもないらしい。決まった時間にやるようなことでもないし、何か特定のことをする前に必ずする、という訳でもなさそうだ。

 

 

自分の周りに変化を起こそうとすると、どうしても苦労をする必要があるように思う。もっと勉強ができるようになりたい。もっと認められるようになりたい。もっと上手に演奏がしたい。もっと楽しく友達と一緒に何かしてみたい。もっとあの子のことを知りたい、近づきたい。もっと。もっと。もっと。

 

そのどれもが簡単には成し得ない気がして、そこに至るまでの労力がとてつもないものに見えて。踏み出そうとして、今の状態よりも望まない方向に変化してしまったらと思うと、途端に怖くなってしまって。

 

だから私は逃げるのかもしれない。

それはすぐに目に見える変化であるし、私の期待を裏切ることも限りなくゼロに近い。

 

でも、そんなことをしていても、やはり気づいてしまう。

自分が投資した以上のものが返ってくることはないということに。どこかのアニメ風に言えば等価交換とでも言おうか。

欲しいと思ったものには対価が必要で、そのためにはそれ相応の何かを支払わねばならない。もらってばかりはいられないし、もしそんな状況になったらすごく奇妙に感じるように思う。

この行為では、一番欲しいものには手が届きそうにない。

 

 

 

ちなみにではあるが、この文章を書き終わるまでに、私は小さな片付けを三回ほど行った。今までと比べてみると、若干少なかったかもしれない。普段は数えてなどいないので、本当かどうかは定かではないが。

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「代替行為/片付け/Gioru」への5件のフィードバック

  1. あるあるですね。心理学の世界では、代償行動とか現実逃避とも言います。折角好きな人の話を挙げるなら、サークルや勉強についてとりとめもなく書くより、一点に絞って書いた方が面白くなるかも。あと、たぶんGioruくんの書くエッセイの文体だと「私」の一人称向いてないです。私、にしては内容が素朴なので。君が話し言葉でも私なのは知っていますが、文章から受けるイメージとしては「僕」とかの方が素直に書けるのではないかと。

  2. すべきことがあるのに掃除に逃げるのはよくやってしまいます。私はサークル、演奏、勉強、好きな人、などと変化したい「もっと」を一点に絞らずに挙げていく表現は好きでした。
    文章の流れが素敵だったので、片付けの回数が少なかったことも含め終わりに課題のことに触れるのはなくても良かったのでは、とも少し感じます。

  3. やるべきことがあるのに片付けに逃げてしまうのはよくやってひまいます。
    私はサークル、勉強、演奏、好きな人、と変化したい「もっと」を挙げていく表現は好きです。文章の流れが素敵なので、片付け回数が少なかったかもということを含め最後に課題に触れるのはなくてもよかったのでは、とも感じました。

  4. 途中話がとっちらかって結局何が言いたいのかわかりませんでした。
    現実逃避するために片付けとかやってしまう過程はすごくよくわかります。
    ちなみにわたしも、文章を読んでからこのコメントを書くまでに別のことを挟んでしまいました。何を書けばいいのかよくわからなくて現実逃避してしまったんですね…。

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