蝶々効果/片付け/温帯魚

世の中はリアクションである。それは何にしたって、だ。

遊佐宗助は自らのワンルームの混沌を愛していた。それは彼のアイデンティティであり、また彼の哲学でもあった。
遊佐宗助は主張する。片付けとは他人にさせられるものの中で、最も最低なことである。
たしかに、我々はコミュニケーションによって生きている。彼もその事実に異論はない。その上で整理というものは必要だ。それは循環そのものであり、循環を止めることは他人に喧嘩を売ることである。誰だって怒る権利を持っている。
しかし、バランスである。それにだって限度があるだろう。いくらコミュニケーションが大事だとしても、守らなければいけないものがある。生存とは自分の切り売りだとしても、値段をつけるのはまず自分である。休息がない生存は彼の文化では隷属と同義だ。休息こそが彼にとってすべての彼の始まりであり、その象徴たる自らの部屋を彼は他人の命令で破壊したくはなかった。だから部屋は散らかっていていい。片付けなどは必要ない。
実際、散らばった書物(大半は漫画)を拾い上げればいつも新鮮な発見が見つけられたし、溜まった洗濯物をコインランドリーに運ぶことは彼に大きな達成感を与えてくれる。どうしても腹が減ったときは隅にキノコも生えている。苦みが酷く生ではあまりおいしくはないが、フライパンで炙り醤油をたらせばそこそこの味がした。
実は世界を俯瞰する神の視点から見たとき、彼が作り上げる複雑怪奇な空間は一つ奇跡のようなバランスの上で成り立っていた。それは例えるならば先カンブリア紀の新たなものを生み出す活力だ。すなわちこのまま片付けをせず環境が維持できたのならば、この部屋から今までのどの系統にも属さない生命の誕生するのも秒読みの状況であったのである。
だがこの世界ではそうはならなかった。最終的に彼はこの部屋を整理するという苦渋の決断をしたのだ。もちろん愛しの部屋を整理することへの煩悶と苦悩は後の彼の人生に大きく影響することになるが、しかし一方で一世一代のチャンスを逃すわけにはいかなかった。むしろこのまま一世一代で果てたくはなかったのである。
すなわち、部屋に女が来ることになった。彼は思ったのだ。さすがにまずい、と。

もちろん、この話には裏がある。

花園果歩は革命家であった。世間が間違っているなどと大言を吐く気は彼女にはさらさらなかったが、しかしだからと言ってこの世界は自分が生きていたい世界ではなかった。
花園果歩は主張する。ならば、変えなくてはいけない。命は一回だ。
彼女は暴力の価値を理解したいと考えていた。暴力はそこにある。彼女はそれがなくなるとはどうしても思えなかった(あまりにも便利すぎる)し、ならばせめて自分だけは使わないなどというつもりもまたなかった。我々はコミュニケーションによって生きている。コミュニケーションとは要するに、利益を与えるか不利益を与えないかだ。暴力を与えないということもコミュニケーションであり、それは制度として我々を縛り、また同時に我々を保護している。
しかし、バランスである。彼女から見てこの世界はバランスが悪い。彼女にとって自分の利益と不利益は釣り合っているとは思えなかった。ならばそう、釣り合いをとらせなければいけない。
ところで、彼女は遊佐宗助の家に向かっていた。先日彼女は自らの自己満足のために彼を助けた(具体的に言うと鍵を落としたらしかったので一緒に探してあげた)。現代日本において言葉以外の利益を彼から得ることは不可能だと彼女は考えていたのだが、熱意によってよくわからない彼の感動によって彼からよくわからないキノコをもらった。しかしそのキノコは不味かった(彼の尊厳のために言っておくのならば、彼のこの行動は完全なる善意である。すなわち、空腹こそが最大の恐怖であるが、現代日本にその意味を知る人間は少ない。彼はその一人であるが、彼女はそうではなかった)。そして彼女はこう思ったのだ。喧嘩を売られた、と。不利益を与えられ黙っているほど彼女は淡白ではなかった。
彼女は暴力の価値を理解したいと考えていた。手始めに彼女は遊佐宗助をぶっ飛ばすことに決めたのだ。行動こそが理解への大きな助けになるのである。千里の道も一歩からと彼女は考え、打算の結果彼女の怒りをとりあえず暴力に訴えることにしたのだ。

遊佐宗助はこうして部屋を片付けることになったのである。しかし、自らの部屋をなにより愛する彼が、鍵を落とすのか?世の中はリアクションである。それは何にしたって、だ。

遊佐宗助は自らのワンルームの混沌を愛していた。しかし、世界は彼が思うより残酷であった。
この件について遊佐宗助はノーコメントを貫いている。
本来、彼の部屋は片づけられることなどはなかった。その結果先カンブリア紀状態であった彼の部屋からは新しい生命体が生まれ、新しい生命体はやがて人類を襲うようになった。人々は逃げまどい、内閣は総辞職し、やがて日本は焦土と化したのだ。この世の地獄のような惨状が一人の男の部屋への愛から生まれたことを世の中の人は知らない。
しかし一方で彼の部屋はバランスを保つように新生命体への対抗策も生み出していた。そうそれは遊佐宗助彼自身である。彼は散らばった書物を読むことで革新的な思考方法を編み出し、溜まった洗濯物を運搬することで筋肉を鍛え、よくわからないキノコを食べることでよくわからない化学反応により新人類へと進化したのだ。
彼は日夜新生命体と闘う一方で、しかしこのままでは人類の、そして自身の滅亡は免れないと知っていた。故に根本的な解決を計るため日々己の部屋にこもりよくわからないキノコに醤油をたらしつづけ、ついに彼は時間をさかのぼり過去を変えることに成功したのだ。
かしそれは過去の彼のポケットに穴をあけることで精一杯だった。一方で、彼の頭脳はそれで十分だとも考えていた。
タイムパラドックスにより世界がどうなるかは、超越した彼の頭脳でも予測はつかなかった。世の中はいつだって感覚できない小さな動きから始まる。しかし世の中で完全に理解できることなどあるのか?なにより悪あがきだとしても、一世一代のチャンスを逃すわけにはいかなかった。
むしろこのまま一世一代で果てたくはなかったのである。彼は思ったのだ。さすがにまずい、と。

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「蝶々効果/片付け/温帯魚」への2件のフィードバック

  1. この量の文章なのに、一つ一つの文に重みがあって、読み終わった時に、中身の濃い一冊の小説を読んだような感覚になりました。

  2. 言葉の選び方や比喩が独特で素敵だと思いました。この量、密度のものを最後まで読ませるのはすごいなと思います。

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