要らなかったんだ/片付け/奴川

リサのお母さんは片付けが苦手でした。
「雑貨を買ってくるのはいいけど、要らないものは片付けろよ。なんだよこのサボテン。うち、狭いんだよ」
「ごめんなさい。でも、要らないものじゃないんだもの」
お母さんはいつもお父さんにそう謝っていました。お父さんはたいてい、泣きそうなお母さんの顔をみると、しょうがねえな、と引き下がります。なんだかんだ言って、お父さんはお母さんの泣き顔に弱かったのです。

そんなお母さんが、おかしくなりました。お母さんは、お父さんのいう『訳の分からない雑貨』を全く買ってこなくなったのです。それだけではありません。お母さんの周りからは、どんどんものが減っていきました。12個あったサボテンの鉢植えも、友達からのお土産だと言っていた木彫りのウサギも、気がつけば全てうちからなくなっていました。

お母さんの行動が何を意味しているのか、リサにはさっぱり分かりません。ただ、嫌な予感がしました。まるでお母さんの行動は、自分の生きていた跡を、世界からきれいさっぱり消そうとしているかのように思えました。

そしてしまいには、お母さん自身もお家から消えてしまいました。

「あいつは死んだんだ」
お父さんの目は虚ろでした。
「いったい俺が何をしたっていうんだ」
リサにはお父さんの言おうとしていることが、ちっとも分かりませんでした。ただ、お母さんはどこかにいなくなってしまった、それだけは分かりました。

 

 

あれから2年が経ちました。リサは初めて、東京に来ていました。おじいちゃんも一緒です。おじいちゃんはリサのランドセルを買うのだと、とっても張り切っています。お父さんはお仕事で来れなかったのがすこし残念でしたが、リサは初めての風景にどきどきしていました。これだけ人が多いと、おともだちとすれ違っても気が付かないだろうな、リサは思いました。しかし。

「お母さん……?」
リサは、見つけてしまったのです。いろんなひとの服の色がぐちゃぐちゃに混ざった道の先に、死んだはずのお母さんを見つけてしまったのです。

「リサ、待て!」
おじいちゃんの静止を振り切り、リサはお母さんに似た人影に走り寄りました。いいえ、似た人影なんかではありません、あれはどう見てもお母さん本人です!2年ぶりのお母さんは相変わらずスラリとしていて、目鼻立ちがはっきりとした美人でした。
「お母さん!」
リサはお母さんを見上げました。ああ間違いない、お母さんだ。夢じゃないかしら。リサはお母さんの返事を待ちました。知らない男の人と抱き合っているようにも見えるけど、それについて聞くのはあとでもいいのです。

「あ」
リサが待っている間に、お母さんの顔はどんどんと困惑の色に染まっていきました。お母さんは抱き合っていた男と離れると、リサから目を逸して「嘘でしょ」とつぶやきました。
「嘘じゃないよ! お母さん、今までどこに――」
「行きましょう」
お母さんはリサの言葉を最後まで聞かず、男の袖をきゅっとつまみました。男はちらりとリサの顔を見て、にやにやとしながら首をかしげました。
「いいの? 元旦那のとこの子供でしょ」
「なーに言ってるの、もう。あんな子供知らないわ」
その言葉が全てでした。お母さんはリサの方をちらりとも見ずに、街の奥へと消えていきます。リサは、その背中に何も声をかけることが出来ませんでした。

リサはその場に立ち尽くしていました。おじいちゃんが近くで何かを言っているような気もしますが、それに耳を傾けるほどの余裕は彼女に残されていませんでした。

もうすぐ小学生になるリサは、うすうす感づいていたのです。お母さんは死んだんじゃない、って。お葬式だってしていなかったもの。でも。だって。リサは偶然を呪いました。……ああ、もう無理です。他人事みたいな体で話すのも限界だ。なんであんなところで会っちゃったんだろう。なんであの時のわたしは、あんなに人に溢れた空間の中から母親を見つけ出してしまったんだろう。いや、ごめんなさい、取り乱してしまいました。続けましょう。

 

「要らないものは片付けろよ」リサの頭の中には、お父さんのかつての言葉ががんがんと響いていました。その時リサは思いました。ああ、わたしは、

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「要らなかったんだ/片付け/奴川」への3件のフィードバック

  1. 最後の文の終わり方がとても好きでした。タイトルにつながっているっていう解釈でいいんですよね?
    ただの小説調で終わらず、感情が途中で溢れてしまう表現も良かったと思います。

  2. 小説とか物語を読んでいるというよりは、あらすじを読んでいるような感じがした。字数の関係で、1000字前後で話を完結させるのは難しいと思うけど、母を見つけたときのリサの動揺などの表現が、もっと丁寧にされていたらよかったかも知れない。

  3. かなり面白かったです。
    あえて言うなら、語り手が大人のリサとした理由があったかなという感じです。時が経って少し俯瞰的になったという訳でもなかったので別に出す必要はなかったのではないでしょうか。

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