言い訳/片付け/仄塵

「ただいま」

もちろん真っ暗な部屋に返事をしてくれる人なんていない。この凍りつくような暗闇をもう1秒も耐えられないかのように、恭子はすぐに玄関の照明をつけた。少し暗いけど暖かみのあるオレンジの光だ。スーパーのレジ袋とポストに入ってた下着のカタログをとりあえず玄関先の床に置いて、ブーティのサイドジッパーを下ろす。脱いた靴を雑に足で揃え、靴箱に入り切れないパンプス2足とムートンブーツをさらに隅に寄せ、このワインレッドのブーティを並べるスペースを確保した。

レジ袋を拾い、再びリービングの暗闇に向かう。ドアのすぐ横に電気のスイッチがあって、それを押して、シーリングライトがつけるのをしばらく待つ。4本の直管型蛍光灯がまず一本、そしてもう一本、最後に残りの二本が同時に灯る。スイッチを押してから最初の一本がつけるまでの所要時間は5秒、この5秒間は部屋のどこを眺めても一面の漆黒であり、失明しているかのように身動きも取れずにただドアのところに立ち尽くす。

パッと蛍光灯から光の合図が聞こえて、と同時に自分のため息が耳に入る。1日が終わり帰って来たマイホームは散らかしている。それ以上に悲惨な生活体験はあるまい。恭子はイケアのショールームに暮らすのが夢だったため、ダイニングテーブルもソファもワークデスクも部屋に取り揃えている。そのどれもこれも今や侵入窃盗の事件現場のようだ。

ドラマに出てくるようなOLの部屋は自分の世界には存在しない、友たちを招いてホームパティーをするなら一週間の掃除期間がないと無理。そんな自分の部屋はもうしかしてゴミ屋敷、なんて考えたことなくも、問い詰められても否定し続ける。「ちゃんと片付けられる側の人間なんです」って。

只々、時間がないだけなんだ。

ダイニングテーブルに置いている洗っていない食器は、昨晩久々に自炊しようと思って、それなら綺麗に加工してインスタに載せようと、本気出し過ぎて家にある食器の半分以上を使っちゃった。そして一人で黙々食べ終わった後の空虚感で片付けるモチベーションが消えた。

デスクの上にフタも閉めていないファンデーションが置いてある。それは今朝今日のコーディネートに悩まされて、最終的に15分しかメイクの時間がなく、それでも粗末してはならないと、メイク完了したらすぐ家を飛び出したからだ。

あとソファに積み重ねている脱ぎっぱなしの服。最近は会社の仕事が忙しくて残業が続き、家に帰ったらとりあえず横になりたい一心だった。気付けばお気に入りのピンク色のブラウスも床に落ちていた。

「自分の時間が欲しいな」

恭子は再び12月の冷たい空気に話しかける。人に見られるところは身だしなみをきちんとしていて、おしゃれな業界で働き、仕事もまあまあ出来る今時のイケてるOL。しかし誰に見られることもなく、自分の住み心地だけが関係している部屋の片付けが引かれるくらい手を抜いている。でも見られてないから、セーフだ。

新年が近づいている。この時だけは綺麗なお部屋で温かいお雑煮を食べたい。残りの半月間は、友人誰一人からも旅行やイベントの誘いが来ないように。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「言い訳/片付け/仄塵」への1件のフィードバック

  1. 書いてる人が、男性なのか女性なのか、どっちなんだろうって思いながら読みました。
    今時のイケてるOLは、自分のことを「今時のイケてるOL」って思うのかなと思いました。「今時」、「イケてる」って死語感が強いような感じが、自分の中ではします。
    あ、でもこのOLさんが結構年配の方っていう設定なら自然に読めました!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。