あっけない/リョウコ/片付け

ハッと目が覚めたのは、午前3時27分だった。頭が、手首がズキズキ痛い。
目が覚めた?
成る程、失敗したらしい。
私は正方形の真っ白な天井を見上げ、冷静に事態を把握しようと深く息を吸った。
とりあえず、左手を見る。
真っ赤な水の下に、冷えて動かなくなった指に引きずられた左手が沈んでいる。
洗面器のお湯は、死ぬ直前に傍らのスマホにて、ヤフー知恵袋から知恵を拝借、血液が流れやすいように人肌に設定、ピッタリ700mlを洗面器に入れて、手首をつけた。
人間は約2リットルの血液を失うと、死ねるらしいとヤフー先生が仰ったので、100均で、包丁のついでに、2.5l入るバケツを購入した。
私の計画では第一発見者(恐らく大学の同期)が、私を見つけた時、バケツの中は私から流れ出た血液で溢れ、床も多少は赤くなっている、筈だったのだが。
バケツの中は少し量が増えた、気がする程度。恐らく私の血が流れ出る前に、お湯が冷めてしまったのが敗因と思われる。
つまり私は、割と大丈夫な状態で死にぞこなったわけだ。
割と大丈夫な状態で死にぞこなった私は、とりあえずスマホに手を伸ばした。午前3時27分。あれから2時間くらいしか経ってない。そら死ねないわけだ。
受話器マークをタップし、救急車を呼ぼうか、と思案する。輸血して欲しいわけではない。
割と大丈夫な状態で死にぞこなったのが恥ずかしいので、救急車で深夜に病院に運び込まれ、沢山の人の尽力で意識を取り戻しました、という状況からくるエモさで、この生きてるダサさをなかったことにしようとしたのである。
しかし。
ズキズキ痛む左手をバケツから引き抜く。まだ血は流れているが勢いは弱い。
この状態で、自分で救急車を呼ぶのは最上級に恥ずかしくないか?

よし、無かったことにしよう。

とりあえず、胃袋にまだ残っている安定剤と睡眠薬とジンを自力で吐き出した。胃液に血が混じって薄ピンク色の粘液が唇から糸を引き、先ほどまで死のうとしていたというのに狼狽えた。
次に、バケツの中の恐らく1.5lにも満たない真っ赤な液体を少し迷ったが便器に捨てる。
上水に流すのはなんとなく、倫理的に気が引けた。
最後に手首をトイレットペーパーで拭い、血が止まったところでこれも投げ入れた。
便器の中を覗き込む。
わたしの血液と、胃液と、酒と薬とトイレットペーパーの闇鍋。この世の病みを閉じ込めたかのような禍々しさだ。
あーあ。
私は真っ赤な水が、とぐろを巻いて穴に吸い込まれてゆく様をじっと見た。
赤黒い水は、なんの粘りもなくあっさり去ってゆき、透明な水が便器の中をみるみる満たした。
すとん、と私の中の枷が落ちた音がした。想像していたよりずっと軽い音だった。
何事もなかったかのように沈黙する便器。
取り残されたのは、血の付いた包丁とヒビの入ったジンのボトル、2.5lのバケツ。
私はバケツの中に包丁とジンを放り込み、手首にタオルを巻いてベッドに倒れこんだ。
もうすぐ日が昇る。
久しぶりの心地よい疲れに、私の意識は緩やかに沈んでいった。

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