あなたの就活、代行します!/大作戦/ノルニル

 すべての大学生は、在学中等しく勉学に励むことを旨とする。就職活動については、原則として大学校の課程を修了後に行うものと定める。ただし、代理の者を立てることのできる場合は従来通り、在学中のこれを認める。

────20XX年、文部理科学省答申より


 

     かたかた。ガス火にかけたやかんが音をたてて沸騰をしらせる。火を止め、ドリップのパックを開いてすこし濃いめのコーヒーをいれる。
     事務所の朝は早い。2月の冷え込みが淡く実体をもって降り注ぐ、そんな日に彼女はやってきた。

「あの、すみません」

「いらっしゃいませ。就活代行のご利用は初めてですか?」

     お酒が回っていても言えるぐらい言い飽きた文句を述べたところで、はい、それでは品定め。真っ白に統一された服装に、黒い髪と困ったようなかたちをつくる眉毛がアクセント。見たところ、自分に自信がないタイプです。あなたぐらい可愛ければ永久就職も簡単だろうにね、と心のなかでちょっと毒づく。と、後ろを通りがかった後輩の望月くんに見透かされたようで笑われた。いつも記録や管理ばっかりで分析も実務もしないくせにこういうことしてくるから、なおさらむかつく。

「えっと、すみません、そうです。……よろしくお願いします」

     ──予想的中。料金体系など事務的な事項を伝え、とりあえずこれを埋めてください、といってB4の角ばった紙を手渡すと彼女はまた、すみませんとあやまった。

 

     静かな室内に、彼女がペンを走らせる音だけが響く。住所、氏名、生年月日、家族構成、学歴に特技。依頼人が埋めるワークシートはじつにシンプルだ。ちょうどわたしが就活に明け暮れていたころまでぎりぎり使われていた、履歴書のそれに似ている。

     俗に就活代行と呼ばれる、こうしたビジネスが定着してもう4年ほどになる。「学生は勉学に専念するかわりに、別人に就職活動を委託してもよい」。天下の文理科省がこんなお触れを出したものだから、経団連や企業を巻き込んで、当時はお国全体が上へ下への大騒ぎ。結果、以下のルールが定められた。

     ひとつ。代理人による就職活動において、就職を希望する当人の能力を越える行為をおこなってはならない。ふたつ。代行業務に関しては、監督署の指導のもとに官民協働で設立・運営される第三セクターが請け負う。みっつ。代行を依頼した人物の個人情報は極めて重要なため、その機密性を保持する。

     そしてその結果生まれたのが、この事務所のような代行業者。わたしはこれから彼女の担当者として、彼女の就活を肩代わりすることになる。
     まずは希望する職種と本人の能力をマッチング。できるだけ意向には添いつつ、それでいて妥当な落としどころを探す。候補が絞り込めたら、そこではじめてエントリーを行う。完全にシステム化されてはいるものの、企業からの評判はおおむね上々。どうやら足切りや一次面接を設ける手間が省け、必要な人材から適任のものを選べるというのがいいらしい。
     必要とされれば事前のインターンとか職場にも顔を出すし、教育実習や医師国家試験すら代行する業者もいるらしい。そこまでくるともう誰のための就活かわからないけど、って彼女、ワークシート書き終わったんだ。おつかれさま、と心のなかで労いの言葉を浮かべて、声をかける。

「終わりましたら、ペンもご一緒にお渡しください」

「ああ、すみません。もうちょっとだけ、すみません」

     どうやらどこか埋まらないところがあるようで、紙きれを大事そうに抱え込まれてしまった。ああ、そんなにしたら曲がっちゃうよ。それにそんなにぺこぺこ謝られたら、まるでわたしが悪者みたいな気持ちになってくる。どうやらこの子、思ってた以上にしおらしい。

「いえ、ごゆっくりどうぞ。かっちりしたのを書こうと思わなくても大丈夫なので、お気軽に書いてみてください」

「はい。すみません」

     彼女はその後も何度か「すみません」を連発して、やがて観念したようにシートを提出して帰っていった。フォルダにしまう前にちらと盗み見ると、「希望する職種・業界」の欄がまっしろだった。これは骨が折れるかもしれない。

 

 

「……で、23連敗っすか。先輩も大変ですね」

「いちいち数えなくてよろしい。てかあんた、そんなに言うなら代わってよ」

「うひひ、無理ですよ。だいたい僕、女装は趣味じゃないんで」

     2ヶ月後。わたしは相変わらず事務所で腐っていた。これも相変わらず暇そうな望月くんをあしらうのも、いいかげんめんどうになってきつつある。
     ため息をついて、よせばいいのに、内定数を示した業績表を見上げてみる。うちの事務所は歩合給じゃないけど、わたしの業績はここしばらくの間低空飛行だ。世が世なら無駄飯ぐらい!と野次が飛んできそう。椅子に深く沈み込むと、業績トップの花巻さんを表すマグネットがさらに遠く、高くみえた。

「やっぱり、花巻さんみたいに、こう、女性の強みを活かした方がいいのかな」

「いやあ、花巻さんならいいですが先輩にはちょっと……ああいやすいません、先輩には先輩の良さがありますよ」

     冗談のつもりで呟いたはずが、なぜかなぐさめられた。おい望月、にやにやしてんじゃねえ。お前ちょっと殴らせろ。

「まあでも、志望が固まってないってのは厄介ですよね」

     そういう望月くんは、似合わないのに、えらくまじめな顔をしていた。

 

 

     なにをしてもしなくても、時間は等しく無情に過ぎる。彼女から依頼を受けてから、もう半年が経とうとしていた。普通の商売とはぎゃくで、依頼料は時間とともにディスカウントされていく。つまりもうほとんど利益が見込めないわけで、それでもわたしは、彼女の依頼にかかりきりだった。

     むかし通り抜けたはずの、自分の就活を思い出した。試験を受け、面接をこなし、会社で挨拶回りをして、それでも落ちる、何度も、なんども。正確には落とされているのは彼女なんだけど、自分に、彼女に、価値がないと言われているようで、そうではないといいたかった。でも何がしたいかわからなくて、何ができるかわからなくて、必死にもがいている。抜け出せる日は、果たしてくるのだろうか。

 

「先輩」

     声をかけられ振り向くと、顔になにかが飛んできた。よける間もなくて、思い切りぶち当たる。いたい。ばさっと落ちるそれを拾い上げると、彼女の書いたワークシートだった。

「望月くん、これ」

「あれ、先輩ファイル知りませんか?電話番号も住所もバッチリ載ってるやつ、どっかいっちゃって」

     そういって、望月くんはいつものいたずらっぽい笑いをうかべた。やっぱり、よくわからない。だけど。

「ありがとう」

「ん?何の話ですか?いやあ、まいったな。これでも管理に自信あるんだけど。いざとなったら、責任取らなきゃなあ」

     わたしはファイルを大事に抱えて、事務所をとびだした。

 


「この企業はどう?」

「すみません、そこは文章力は活かせるんですけど、リーダーシップが必要なのが私に向いてないかなって」

「じゃあこことか」

「そこは個人主義ですけど、残業が多いそうなので体力のない私には難しそうです、すみません」

「ならここは」

「すみません、いいと思うんですけど、どうにも熱意ある人材!のびっくりマークがひっかかって」

「そっか。あのさ」

「なんでしょう、すみません」

「いや、あなたどこにも行くところがないっていうけど、会社のことよくわかってるんだなって。わたしなんかより、ずっと」

「すみません、ありがとうございます」

「すみません、はいいよ。でも、そこはまあ、一緒にゆっくり直していってもらえばいいか」

「あの、それってもしかして」

「そうだね」

     幸い、うちの事務所には分析部門がある。だから彼女の能力はじゅうぶん役に立てる。

     大丈夫、あなた自身を活かせるところがきっとあるよ。心の中でそう叫んでみる。これは自分に言い聞かせているだけなのか、それとも彼女と踏み出した一歩なのか。でも。それでもなんとかなる気がして、

 

「ようこそ、我らが事務所へ。これから改めて、よろしくね」

     そういって、わたしは彼女、神原さんに向けて手を差し出した。

1 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 5 (1 投票, 平均点: 5.00,  総合点:5  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「あなたの就活、代行します!/大作戦/ノルニル」への3件のフィードバック

  1. 誰も幸せになれなさそうこのシステム!!!とか思いながら読んでました。就活代行してもらったとて、落ちたら絶対本人は責任転嫁するし、代行者は落ち込むし…宿題代行とかいうたわけたシステムが生まれた現代の日本なら100%あり得ないとも言い難いわけで…
    絶対に嫌だな、マジで。あと、現実見せるのやめて〜〜就活何それぶち壊す〜〜!!

  2. こんなシステムが生まれたら日本は終わりですね。でも絶対にできないとは言い切れないところが怖いです。改めて就活と向き合わされてうわー嫌だなーとか思いながら読んでたんですけど、最後の終わり方で救われました。個人的にはすごい好きなラストで、読後感が良かったです。

  3. 現代の風刺ぽく、しかしハッピーエンドで後味悪くなく読めて、良かったです。(心の負担的に)
    ありそうでないと言う微妙な線を掴むのは難しいですが、うまく掴めていい意味で憂鬱にさせてもらいました。就活…
    彼女の能力の描写が突然な気もしたので、最初に少し触れていると引っ掛かりが少ないのかもしれません。文字数的に厳しいかもしれませんが。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。