死にたくない/大作戦/ちきん

死ぬことがすごく恐ろしくなる瞬間がある。

それは、身近な人の死とか命の授業を受けたときとか、そういうきっかけではなくて、日常の中でふと沸き起こる。習い事が忙しくて放課後友達と遊べない日が続くと、息苦しく生きているよりずっと楽に眠っていられる方がいいなんて思うのに、ほんとうにちょっとしたことで、不安でいられなくなる。

 

「瞼がピクピク痙攣する、それは実は危ない病気のサインかも!」
CMが終わって答えが知らされてしまう前に、急いでリモコンに手を伸ばして電源を切った。
「こんなテレビ観たっておもしろくないでしょ!」
何を言われたわけでもないのに、半分観ているようで夕食の方に集中していたお母さんに対して、勝手に怒ったように言ってしまった。
「あー、うん、ごはんのときはもっと楽しいやつの方がいいよね」
ほんとうは怖くて不安でたまらなくて、続きが見られないだけだった。だって最近、ときどき瞼がピクピクすることがあるから。

 

夜眠る前に考えた。何があっても絶対に死なない注射を作ろう。

外から物音がしたり、笑い声が聞こえたりすると、誰か悪い人が入ってくるんじゃないか、ふざけて家に火をつけようとしているんじゃないかと、考え過ぎて眠れなくなる。でも、その注射を打てば、刺されたって燃やされたって痛くなくて不死身で、危ない病気にもならなくて、家族全員でそれを打って、終わらない時間を過ごしたい。

 

「死なない注射を作るんだよ」
「えー、そんなのないよ」
「ないからつくるの!」
弟を引き連れて、薬にするための葉っぱを集めに公園に行く。弟はばかだから、何か提案すればよく分かっていなくてもついてくる。
「お母さんが死んじゃったら、悲しくないの?」
「…かなしい」

無心で葉っぱをちぎっていた。ちぎって、土と混ざらないように、花壇の淵のレンガの上に乗せて、近くにあった別の石ですりつぶす。虫を潰したときみたいに、葉っぱから僅かに滲み出た液体が石に擦りつけられる。

「ふっ…うっ…」
声が漏れる隣を見ると、弟が泣いていた。
「え、なんで泣いてんの」
「お母さんが、死ぬと思ったら、」

「お母さんが死ぬわけないじゃん」
不安に駆られそうになるのを誤魔化すみたいに、体重を乗せてレンガと石をぎーぎーいわせ、それと一緒に体も揺する。気休めになる言葉も思いつかない。刻まれた葉っぱはそのうちどこかへ散って、色素だけが汚く残った。

 

眠るとき、お母さんが傍いれば、家族の誰かや自分が死ぬかも知れないことなんて、微塵も頭をよぎらない。だから、お母さんが9時くらいに仕事を全部終わらせて、寝室にいてくれる日がすきだった。

「ねえ、お母さん、絶対に死なない注射ができたら、いくらで買う?」
「ええー」
毛布が剥がれないように、引っ張りながらこっちを向く。

「お母さんは、死なない注射は打たないかなあ」
びっくりした。お母さんはお母さんなのに。ずっと変わらずに、学校であったことを話して、お休みの日には遊びに行って、眠るときには傍にいなければならないのに。
「私は死にたくない…」
動揺を隠し切れなくて、少し声が震えてしまった。寒いフリをして、毛布を鼻まで引き上げる。

「お母さんになればわかるよ」

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「死にたくない/大作戦/ちきん」への2件のフィードバック

  1. お母さんくらいの年齢になると、ずっと生きていることが嫌になるからなのか。それとも、限りある命だからこそ良いのだということなのか。それとも、一生永遠に「お母さん」をやらなければならないからうんざりなのか。流れ的に、ネガティブな意味のように読んでしまったのですが。でも私も打たないだろうなぁ。

  2. とても読みやすい文章です。が、それが違和感があるのかもしれません。語り部が幼いのか成長したあとなのかいまいちはっきりしません。幼いにしてはあまりにはっきりしている印象があるし違和感がすごい。成長したあとの振り返りならあるいはわからないでもないです。

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