系男子及び女子/大作戦/猫背脱却物語

やたらと努力の姿勢は見える人がいる。

 

高校生時代のバレンタインデーのこと。女子高生たちは花嫁修行でもないのに自発的に手作り菓子の持ち寄り会を開く。私もなんとかクラスメートからお菓子をもらうことができた。その中でとびきり美味しいスイートポテトを持ってきた子がいた。あまりにも美味しくて、どうやって作ったのか聞いてみた。

彼女は「お気に入りのお店のスイートポテトが気に入ったので、その味を再現した」みたいなことを言っていた。おかし作り好きなんだねーというと、普段は全く作らないらしい。じゃあ大変だったんじゃない?と聞くと、本物に近づける為試行錯誤して行き着いた結果であり、本当に大変だったといっていた。疲れの混じった、それでもやりきったような表情は、いい顔ではあったけどバレンタインデーの女子の顔よりかは製造側の顔に近かった。

本人が満足できているし美味しいし、全てそれでいいのだが、どうもその時の彼女を思うと「正直買った方が早いんじゃない」といいたくなってしまう。元の値段より安くできたとしても、多分人件費を差し引いてトントンだ。試行錯誤の結果行き着く先は店頭で先回りしてるのだ。完成形の見えた試行錯誤なんて、ディアゴスティーニで十分だろう。しかし誰も幸せにならなそうで、芋からこだわったスイートポテトのモソモソ感の中にその言葉を混ぜて飲み込んだ。

 

こんな風に、なんかやけに壮大なことをやってのけようと大作戦を立てたがる人たちがいる。大作戦系男子/女子である。概してハイリスク、というかハイ努力をしなければハイリターンはないという考えで生きている人たち。それに見合う大エネルギーは一体どこから湧くのか。そういう人たちに限って作戦の大きさに圧され気味だったりするのに決してめげないのである。

おそらく彼らには理想像、撮れ高みたいなものがあって、そこに到達するには自分の納得いくこの大作戦しかない!と思っているのだろう。クラスの文化祭委員とかする女子はたいてい大作戦女子である。作戦は壮大なほどやりがいがあって、練れば練るほど寝れない遠足前夜のようにワクワクルンルンが高まっていく。それが達成され大満足するビジョンが、どこかに情熱大陸のカメラでも入ってるのかと言わんばかりに脳内で描かれているのだ。

でも、そういう大作戦に限って抜け道があったりする。根本的な解決だったら絶対こっちの方がいいんじゃない?というような、コストをかけて「大」作戦にする必要がなくなるアプローチ。当の本人たちは大作戦を立てることに夢中になって、それ以外には目が届いていない。でも、それを外野はどうこう言っちゃいけないのである。アドバイスとか、客観的な見解を言おうものなら「でも始めちゃってるしー」みたいな、余計なお世話という怪訝なリアクションをされてしまう。

じゃあルンルン大作戦に水を差さないようにと黙っていたら、今度は終わった後に「わかっていたならなんで言ってくれなかったの?」みたいな、知的財産は共有して当然じゃん?みたいな態度を取られたりもする。えぇー。だって言っても聞かなそうだったじゃん。何様だよ、とか言いそうじゃん。となる。八方が塞がる。四面を大作戦系に囲まれる。

 

大作戦系は、概して自分の大作戦が成功することが全てというか、何より大作戦が大好きなんだろう。青春なんだろう。そしてなぜか、他のみんなも当然同じベクトルと信じてやまない。こちらからしたら青春は結構なのだが、君たちの青春の一ページに巻き込まれるとなるとさっき言ったみたいになる。エキストラならまあ別に、と出演してものすごくダメ出しされたら溜まったもんじゃない。

なんとなくお分かりの通りで、私はこの手の大作戦系が苦手である。だが、ここまで書いてきて、結果ばっか見て過程を重視しない、努力の価値を軽んじてる最低野郎なんじゃないかという自己嫌悪に陥ってきた。それでも店と同じスイートポテトを作る気は微塵も起きないし、ここはひとつ、苦労を買ってでもしよう大作戦でも始めりゃいいのだろうか。なりたくねえなあ、大作戦系。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「系男子及び女子/大作戦/猫背脱却物語」への4件のフィードバック

  1. 着眼点が面白い。
    スクールカーストにも関わってくるんですかね、大作戦系。
    確かに世の中にはローコストハイリターンのやり方があるし、極めた人が成功するわけで。
    中高における大作戦系はいつか失墜すると私は思ってます。
    文章関係ない話になってしまった。すみません。

  2. たとえ無駄が多くとも努力することによって作戦が動く気がします。
    でも現実的や俯瞰的な目も必要なわけで何が正解なのかわからないです。
    考えさせられる面白い文章でした。

  3. 大作戦系男子/女子は無駄なことをするのも楽しいんだと思います。彼らが楽しめるのは中高くらいなんですからほっときましょう。

  4. 四面大作戦系のフォーメーションを想像すると、楽しい。
    季節系のイベントに踊らされる私たちだけど、こう、やっぱりたぶん人生は、結果より結果を手に入れる迂回をどれだけ長くやって死ぬまで自分を騙すか、みたいなところがあるからとりあえずの目的を与えてくれる点で、社会が作った延命措置だなあと最近はありがたみを感じてみる。
    おかし作りは困難を分割してくれるというか、目的を与えられたらその枠組みの中で物事を順序よく並べていけばいいわけで、考えすぎる人間にとってはとてもよいツールだったので、まあ、みんなそれぞれの大作戦の中でその人にとってはおおきなものを手に入れていくので、呆れながらみまもるのでいいのでは。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。