Homosapiens Experience/大作戦/ほのほ

江戸末期、慶応三年。人里離れて京は山中、或る世捨て人。

風は叫んだ。激情のままに。落ち葉は跳ねた。さっとひるがえる赤、山はたちまち燃え上がる。程なく、曇天の隙間から鉛の空がこぼれ始めた。ぽた、ぽたり、ざあざあ。雨は瞬く間に篠突くと、勢いのまま風に乗り、縦横無尽に山肌を駆けた。ばちばたん、と木々を蹴りながら。空前絶後の大嵐、その中に、ぽつんとひとり彼はいた。

はじめに聞こえたのは耳をつんざくような歪み。まるで鉄砲玉、それは彼の鼓膜を貫くや否や、内から頭を揺さぶった。衝撃。まさに衝撃だった。次の瞬間、彼は地響きのような大きなうねりに飲み込まれた。腹に閉じ込められた息がやっと吐き出されたかと思えば、聞こえてきたのは血眼の駿馬の群れ、その蹄音。そして大砲を撃つ音、刀がぶつかり合う音。その連続だった。最後に耳に届いたものだけは、彼にも聞き覚えがあった。歌だ。

やらねばならぬ。

衝動はふつと湧いた。彼はわけもわからぬまま駆け出した。転がるように山肌を下り、何度もつまずいてもんどり打って、やがて気がつく。いま彼を走らせるものこそがこの嵐の根源、そのものなのだと。笑いが止まらなくなって、声ともならない叫びが溢れた。なおも走り続けて小屋が見えた。雨か涙かでぐしゃぐしゃの体は、勢いよくそこへ飛びこんだ。

弾む息がしぼむにつれて、衝動は少しずつ輪郭を描いた。果たして彼に残ったのは、この激情を拡散したい、もとい発散したいという欲望。そうとわかれば話は早い。折良く彼は天才であった。山籠りにしたって、何をするにも世の目を集めてしまう窮屈さに嫌気がさして、適当に死んだことにしていたのである。

嵐が去ると彼は工房へ帰り、記憶を手繰り始めた。耳にしたものが凡そ楽器の類いであることは直ぐに見当がついた。まずははじめの歪み。三味線に似てこそいるが、よく思い出してみればその深み、広がり、三味線などでは到底及ばぬ。彼は三味線の弦を六つに増やし、胴体には大きな空洞を据えた。

二番目のうねりは琵琶、三番目の蹄音は小鼓、大砲は太鼓、そして最後は鋼の擦り合わせ。歌は自身で歌えばよい。三味線と同様、彼は次々と新しく楽器を作った。鳴らしては壊し、また作りの繰り返し。衝動のまま、日夜も忘れて製作に明け暮れた。

流石は天才である、彼は数ヶ月ですべての楽器を作り上げた。風呂敷で包んだ楽器を荷台に乗せ、かびた大八車を引き引き、実に十年ぶりの山下り。すっかりやつれた彼は、最早誰の目を引くこともなかった。

彼は街へ行き着くと一画を仕切り、楽器を並べた。珍しがって、群衆は集り始める。その中から童を二人つかまえ、それぞれに弾き方を教えた。最後に、俺の拍子に合わせろ、と伝えると彼らはこく、と頷いた。やはり滅茶苦茶を頼むには童に限る。

「刮目!」

それだけ叫んで拍子を四つ、唐突に合奏は始まった。六弦の三味線がかき鳴らし、太弦の琵琶は重く響き、鼓、鋼は跳ね回る。ぶんぶん、どんから、しゃん、ざんざん。旋律はおろか、音のひとつさえてんでばらばらな合奏を、もはや叫びと化した歌が束ねた。

それでも群衆は熱狂した。体はひとりでに揺れ始め、上を下への大騒ぎ。踊り出す者、輪になって駆ける者、それぞれが激情をぶつけ合い、分かち合った。頭のネジが外れるとはこのこと、その場で暴れるには飽き足らず、群衆は街の外へと飛び出した。

行く先などあるはずもない、まさしくかつての彼のように、走り出さずにはいられなかったのである。のちに「ええじゃないか」と歴史に名を残す、お祭り騒ぎがここに湧いた。

平成に名だたる音楽の祭典「京都大作戦」、その起源である。

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「Homosapiens Experience/大作戦/ほのほ」への1件のフィードバック

  1. 表現が濃厚で、かつ感覚的で、目の前に映像が広がるようです。
    濃いため、長さはそれほどではないのに、少し冗長に過ぎるようにも感じられました。
    オチとして京都大作戦は面白いです。三味線じゃない、ギター!つ、強い!
    しかして寡聞なものでググりましたが、最後の意味をきちんと把握してないと分かりにくい内容ではありました。

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