細マッチョ撲滅宣言/夢の対決/jboy

元始、ゴリマッチョは実に太陽であった。真正の人であった。今、ゴリマッチョは月である。 

 

遍く世間の風は冷たく、細マッチョの台頭により我らは辛酸をなめる生活を余儀なくされている。細マッチョが「程よい」「健康的」などの評価を受ける一方、「やりすぎ」「気持ち悪い」という声が我らの耳には届く。民衆の偏見と無理解による差別は、今なお蔓延っている。

 

諸君、声を挙げよ。たまった鬱積を、徒に筋力トレーニングで晴らしたところで余計にパンプアップし煙たがられるだけである。今こそダンベルを床に置き、こぶしを高く天に掲げ、我らの存在と誇りを訴える時である。

 

 

かくして「剛筋党」は目を覚ました。それまでのゴリマッチョから名を変え、新たな一歩を踏み出すのだ。細マッチョ至上主義者の考えた、相対的な不名誉の衣を脱ぎ捨て、身心一体となった真の剛健さをもって未来へと羽ばたいていこうではないか。

 

我々の信条を貫く真理は明快である。「筋肉は噓をつかない」、ただこの一点である。

筋肥大を司る速筋は、高負荷なトレーニングによってしか発達しない。一方の遅筋は筋持久力を司っており、筋肥大は起きにくいことは周知の事実である。つまり我らと細マッチョとは、目的の違いというだけで本質は同じ事だということができる。

 

しかし近年の細マッチョブームは、両者の関係性に蓋をして単純な二項対立構造を生み出してしまったのである。このブームの主導者は、あなた方女性である。女性が細マッチョへの需要を高めれば高めるほど、不埒な男はモテたいという本来とはかけ離れた目的設定をして、細マッチョを信仰し目指そうとする。

 

 

ここに「細マッチョ撲滅」を高らかに宣言する。我らの目的は、社会に広がる細マッチョ至上主義、ひいては細マッチョという概念そのものの破壊である。そして細マッチョが撲滅された後の社会は、「剛筋党」は最早不要な存在である。誰もが自らの正義に依拠したトレーニングを自由に行う権利を有し、それを何人にも冷視されない世界を眺めつつ、栄誉の解散を遂げることを夢見て……。。

1 vote, average: 4.00 out of 51 vote, average: 4.00 out of 51 vote, average: 4.00 out of 51 vote, average: 4.00 out of 51 vote, average: 4.00 out of 5 (1 投票, 平均点: 4.00,  総合点:4  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「細マッチョ撲滅宣言/夢の対決/jboy」への4件のフィードバック

  1. 最近筋肉教徒が周りに増えてきています。既にブームは到来しているのではないでしょうか。
    冒頭二文の後は原文を詳しく知らないのですが、とてもよく勉強しているなと…… 今回自身も夏に少し読んだ明治期の文章などを参考にしてみたのですが果てしなく苦難で。素直にうらやましいと感じました。この堅い文でうまくカタカナを使ってるなと。特にゴリマッチョの単語の破壊力がすごい。
    正直ここと指摘する箇所が思い付かないので困っています。またスタジオで。

  2. 文章の書き方、というか形式の特徴をつかむのがうまいなあと思わず感心させられた。自分はそういうのが苦手だから、文章という物事の入れ物を完璧に模倣する技術が欲しくて、端的に言うと羨ましい。
    目的を違えた軟弱な筋肉達に屈強な筋肉が声をかけるとしたら、一体どのような戦いになるのだろうか。やっぱり拳で語るとゴリマッチョの優勢だろうか。筋肉本来の役目を忘れた軟弱な筋肉達を一喝すべく、ぜひゴリマッチョ代表として尽力いて欲しいと感じた。

  3. おもろい。くだらんことを大真面目に言うのはやっぱおもろい。こういう語彙はわたしにはないので羨ましいです。剛筋党の活動とかゴリマッチョの細マッチョに責められるエビソードがあるともっと読み応えがあったかなと。

  4. こういう形式に文章を落とし込んで書くのって、簡単そうに見えて難しく、私にはできないので凄いなあと思った。筋肉…みんなどうしたの、筋肉そんなに大切なの?と個人的に思っていたところなので面白かった。わたしは色白細身または色白ぽよんが好きだから、全く共感しないけれど、面白く読めた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。