百聞ハ一見二如ズ/夢の対決/三水

親愛なる読者諸君。貴君らは幽霊を信じるだらうか。

二十一世紀の世の中で、藪から棒に何をバカなと嗤われるやもしれぬ。だが私は、至って正気で問うているのである。決して狂うたのではないことはこの論を読了すれば自ずと判るはずであるので、しばしお付き合い頂きたい。

さて、幽霊は実在か非実在か。明朗明快な科学の徒たる現代人ならば、当然のごとく否と応えるであろう。
しかしてその回答は、いったい如何ほどの推算から成るものか。試しに幾らか取り上げてみる。

曰く、幽霊は作り物である。
その証しに、やれ足がないだのいや顔が青いだの血塗れだのと嘯くわりに、実際見聞きする形状も報告も定まらぬ。曖昧模糊としたイメエヂのお化けである。

なるほど、よくある両手をだらりと下げ三角布を被り、「うらめしや」等と夜道で人をおどろかす類いの幽霊は、これ皆歌舞伎や浮世絵、落語だのから人口に膾炙した典型であって、唯一ではない。実在の事物ならば是という一つがあるはずであろう。

曰く、幽霊とは人の恐怖心がみせる幻である。
気の弱い人や女子供が夜道を歩いて、或いは誰も居らぬはずの家屋に独りでいる時に、ふと揺れた草木の蔭や地鳴りが起こす戸の軋みの、恐怖心に曇った眼で幽霊を見るのである。家鳴り等という妖怪変化もまた此の類いである。

確かに幽霊をみるのは独りの時が多いやうで、複数人で同じ姿を見るというのもなかなか聞かぬ話ではある。また一所同時刻に日を跨ぎ同じ幽霊が見られることもあるが、その場合も目撃者は単身であることが多いやうだ。死してなお恥を知る幽霊等というオツなものでない限り、これは不可解なことである。
或いはかうした家や人には、身近に不幸があるのが通例である。亡くなった者の気配を、人乞う心が感じても不思議はない。

曰く、幽霊には実体がないはずである。しかして余人の目にかくと映るのは、果たして如何なる光源にてや。また幽霊が怨みを囁くならば、彼の者には空気を震わす声帯が、幽霊が動き、あまつさえ祟る等 人物に働きかけるならば、その運動エネルギイが必要なはずである。幽霊はそれらを何処で調達し、賄っているのか。

これは如何にも科学者らしい疑問であり、浅学な私においては反する言葉もない。
実体がなければ光を反射するべくもなく、幽霊自体が発光しているにしても、我々の身体には元々、蛍の如き発光体というものがない。一縷の望みとしては人魂と云われるようにその霊魂自身が光を放つという説だが、それでは出現に運動に発光にと、生前以上のエネルギイが必要になってしまう。余りに浮き世離れしていると言わざるを得ない。仮にさうであったとしても、日々の調達のために幽霊がメシを食った等という話は聞かぬし、何より実体のない身の何処にそんな法外なエネルギイを貯蓄しておくのか。
では身体に代わる実体があるのだというと、今度はそれを死後如何にして構成したのか、また昼に消失し(あるいは不可視化し)日が暮れると再構築される実体とはなんぞやということになる。何より、幽霊の徴とされる物質的干渉を受けぬという法則に矛盾する。

さて、上に挙げた諸々は数多の反駁のほんの一部である。幾らかの補足や考察、あるいは蛇足を加えたが、概ね世間で云われている事と相違ないと思はれる。
私はこれらの一部分、あるいは世を席巻する幽霊不在論の僅か一片に対しても、反論する言葉を持たない。

相反する言葉、相反するイデオロギイ、主義、信仰…… これらを力任せにぶつけ合い、互いにどちらかが消滅し、あるいは降伏の、死せる魚の如き白い腹を見するまで闘うことは、不合理であり、非効率的である。
それこそ文明の民、光の子たる現代人の為すこととは思はれない。

「あらゆる非存在は、唯一つの実在に拠って否定される」

曰く、貴方は私を見るだろう。他の何者でもない私の姿を。

曰く、貴方は私に恐怖していない。また私を乞うでもない。貴方は私を知らず、私に害されるべくもない故に。

曰く、私には実体がある。少なくとも今のところは。
だが役に立たぬ声帯を捨て、事物の軛なる身体を手放し霊魂のみ野辺をさ迷うたとしても、

此の身が焼け消え、
此の世の何処にも無くなって後、
屹度 その目に、
私を映して御覧にいれやう。
その貴方の明るい、叡知に溢れた瞳に。

私は狂うて等いない。私は正気である。
此れは唯一つの、証明なのだ。

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「百聞ハ一見二如ズ/夢の対決/三水」への4件のフィードバック

  1. 古めかしい文体と内容がマッチしていて、一つの作品として完結しているな、と思いました。
    私個人としては、あまりそういう類のものに関心がないといったら嘘になりますが、とりとめて気にはしない程度です。ですからホラー映画も怖い話系のバラエティも、びっくりこそすれ恐怖はあまり感じないほうです。
    ただ、科学で解明できないものがあると考えた方が楽しく?暮らせるような気もします。

  2. 当時の文章を雰囲気だけでしか味わったことがないからだろうか、少々文章の特徴に軋みが見え隠れするように見えた。どこがどう間違っているというよりも言われのない違和感があるのかないのかわからない、といったような感じだが、なべしまイズムに感化されすぎただけだと思い当たったので、この批評は無視してよし。
    読みなれない文体と大量のむつかしそうな熟語達に日本語に弱い私は気圧されてしまったのだが、幽霊に関する考察は興味深く、またストーリーとしても読者側から見る狂気のような執着に目を惹かれた。ただほんと自分の勉強不足というか知識吸収への興味のなさを嘆くしかないのだが、いやなんかもうちゃんと読み込めなくてごめんなさい。

  3. 古めかしい文体がうまくこの文章の雰囲気を出しているな、という反面、同時にだんだんと読みにくさも感じた。もっとひらがななどをうまく多用するも違ったのかなと思う。

  4. 幽霊を考察する、というのは本当に好きで興味があるからこそこの字数でこの厚みが出せるのだろうと思った。たかが1500字程度で、ここまで熱量を保ちつつ書くことは、並大抵でないと思う。すごい!ただ一般的に幽霊について強い関心を持つ人は少ないと思うから、そうなると読みやすい文体に寄せていくことは大切になると思った。そっちの方が多くの読者に読んでもらえるのでは?この文がもともと幽霊大好き!!限定に作られてないならだけれども。

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