アウトレイジへの入門/食レポ/ばたこ

「…寒い、信じ難い」

両の手をコートのポケットに放り込み、その壁面に擦り合わせる。つい先ほどまで横浜の街を柔らかく包み込んでいた日の光はとうに暮れ落ち、五番街を行き交う人々は皆同じように予期せぬ寒波にその身を震わせて歩く。

「そんなに?いつも通りだと思うけど」と、少し遅れて隣から声が届く。

「12月初旬って、3月下旬とほぼ同じ気温なの」

「へー、初耳」

「3月下旬にダウン着る?」

「着ない」

「そういうこと。あり得ない、寒すぎ」

「あのさ」

「ん」

「理屈っぽい」

「は?」

「まぁいいや、買お」

「あぁ」

行列を掻き分けて券売機へと辿り着く。千円札をそれに飲み込ませ、大盛チャーシュー麺と書かれたボタンを押す。が、券が出てこない。再度確認すると、1010円の文字。

「え、値上げ」

「そんなの良く気付くね」

「何回来てると思ってんの」

「はぁ、そうね」

妙に噛み合わない会話をよそに、10円の追加をする。吐き出された券をひったくり、外の待機列へと混ざる。この混み具合なら15分程でありつけるだろう。普段と比べたら空いている部類だ。

「いつ来ても並んでるね」

「今日はましな方。15分くらいだな」

「プロじゃん」

「金払ってるからプロではないな」

「また」

「ん?」

「ねぇ今日機嫌悪い?」

「全く」

「そう」

「なんで?」

「んー、なんとなく」

「なら聞くな」

会話をさっさと切り上げ、2ちゃんのまとめに目を通す。相手もそれに続く。

無言

「こちら何名様ですか?」

店員の確認まで、結局二人が口を開くことは無かった。

「二人です」と短く告げ、店内に招き入れられる。そそくさと席に着き、コートや鞄をかけて券を段の上に置く。パチンと短く小気味のよい音が響く。

「オススメなんだっけ?」

「固め濃いめ多め」

「きっつい」

「最低でも固めはやった方がいいな」

「ありがと」

「ん」

「お客さん、お好みは?」

「固めで」

「お隣さん、はいつものでよろしいですか?」

「お願いします」

「…やっぱプロじゃん」

「はいはい」

間もなく、先ほどまで券が置かれていた位置にどんぶりが運ばれてくる。麺が固いほど、量が多いほど先に運ばれるため、いつも通り周りより少し早く自分のぶんが置かれる。程無くして隣の席にも。来た。この瞬間のために生きてると言っても過言ではない。先ほどまでキツく閉じられていた口許が、不覚にもだらしなく緩む。

「いただきます」

まずはチャーシューをスープの海へと沈める。そしていくらかの麺を掴み上げ、頬張る。…ウマい。何度食べても変わらない。力こそパワーと言わんばかりの濃厚スープとそれが絡まるモチモチの麺。勢いのままに3分の1ほどをかっ食らう。次にほうれん草と海苔。スープをその身に蓄え膨れ上がったそれを、一口に頂く。口の中を一時、それまでとは違うみずみずしさと風味が包む。

そして、チャーシュー。この店のチャーシューは違う。何が違うって香りが違う。一度炭火で炙ってあるのだろう。このチャーシュー一つで飯が食えるほど強烈な香り。それにスープの味が足され、高級店のローストビーフにも負けないものとなっている。

幸せだ。

半分ほどを平らげたタイミングで緑色の行者ニンニクを投入する。パンチが増し、更に強い男の味となる。そのまま4分の1までかきこみ、酢を入れる。するとたちまち油のクドさが飛び、スープをそのまま飲めるほどに味が落ち着く。

…完食。

食事中、互いに無言を貫いたが、そこに違和感などはない。相手の倍の量を頼んだが、ほぼ同時に食事を終えた。

「ごちそうさまでした」といつも通りに高らかに声を上げ、店を出ていく。

「毎度ありがとうございます」

これも、いつも通り。二人で一緒に外へと出る。来たときよりか、幾らか寒さも落ち着いたように感じた。

「なんでこんなにおいしいんだろうね」

「理屈じゃないんだよ」

「へぇ」

「なに」

「いや、なんでもない」

「あっそ」

吉村屋のウマさに理屈なんてない。これだけは間違いない。

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「アウトレイジへの入門/食レポ/ばたこ」への3件のフィードバック

  1. 吉村家行ったことないんですよね。家系好きとしてはすごい行ってみたいけど、いつも混んでて並ぶのが面倒くさいです。描写とか表現がうまいから、おいしいんだろうなあっていうのがそのまま伝わってきます。ただストーリー調のところと食レポのところは少し乖離を感じました。

  2. 濃厚スープが酢でそんなにもさらっといただけるとは。薬味を投入する部分が一番好きで、かつ面白みがあったように思います。
    食レポはやはり食べたくなるかどうかでしょうが、美味しそうです。

  3. まあ吉村家だろうと思っていましたが…。さすがみんなを引き込んでいるだけありますね。描写が美味しそうだなって感じです。前後半のパートの必要性はあまり感じられませんでしたが…。

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