パンより普通に/食レポ/ほのほ

「それから、どうなったの?」

眠たげな声が暖炉の炎を揺らした。煉瓦の壁にはふたつの影が、寄り添いあってゆらと揺らめく。小さいほうは、ぼそ、と尋ねた少女のもの。小さな頭はこくり、こくりと傾き、夢とソファを行き来している。そんな少女を起こすみたいに、ぱち、と薪が跳ねた拍子に、大きいほうはむくりと立った。少女の祖父だ。

「どうなった、って?」
台所から、優しい声で祖父は聞き返した。
「パンよ。食べられたの?」
ああ、と思い当たって祖父はまた、静かに答えた。
「殺されてしまったんだ。」
「…ええ?」
「『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』なんて、非常識にもほどがあると言ってな。民も飢えに苦しんでおったからの。とにかく何か、捌け口が欲しかったんじゃろ。自分たちの飢えを、マリーの浪費のせいにして、首をはねたんじゃ。ひどい話よ」

少女は面食らったまま固まっていたが、やっと口を開いた。
「でも、パンなんていつでも食べられるのに。私ならもっと、美味しいものに恋い焦がれるわ」
恋い焦がれる、という言葉が可笑しくて、祖父は笑った。かまわず少女は語を継いだ。
「そうね、例えば…」

チン。聞き慣れた澄んだ音が言葉を遮った。いつの間にかオーブンが灯っていたらしい。ふむ、と呟いて祖父はその中を覗くと、ひとつを取り出して皿に乗せ、フォークとナイフを添えて、少女の前にこと、と置いた。
「例えば、こんなのはどうかの。」
祖父は少しだけ得意げだった。

宝石みたい。目の前に置かれたそれを見て、彼女はまずそう思った。何だろうか。考えるうち、鼻へと忍び込んだ、酔いすらおぼえる甘い香り。恍惚にあてられて、少女は思い当たった。ああ、これは。わたしの大好きな、チョコレートだ。思わず笑みがこぼれた。少女は震える手で、恐る恐るナイフを切り入れた。

とろーり。ぱっくり開いた切れ目から、チョコレートが溢れ出した。ダムが崩れたみたいに、きらきら広がるチョコレート。美しさすら感じた。思わず見惚れていると、祖父の声が聞こえた。冷めないうちにお食べ、と。ごもっともだ。思い切ってぱく、と一口含んだ。

瞬間、うっとりするような華やかな香りが口いっぱいに咲いた。品のよい、どこか澄ました甘さが舌に染みわたる。そして、何より彼女を震わせたのはその温もり。なんてったって、いつもは固いあのチョコレートが、とろっとろに溶けて優しく絡みついてくるのだから!こんなに幸せなチョコレートを、少女は味わったことがなかった。

感動はそれでは終わらなかった。口に含むうち、ふわり。柔らかさを感じた。そのうち味も染み出した。そしてどうしたことか。甘くない。それはまるで、華の限りを尽くしたチョコレートの甘味をしめやかに締めくくるような、大人びた苦味。少女はまたしても虜になった。ごくりとそれを飲み込むと、余韻はさながらオーケストラの大団円。

すっかり心を奪われて、上の空の彼女はぽつり、祖父に尋ねた。
「これ、なんていうの。」
祖父は相変わらずの得意顔で答えた。

「フォンダンショコラさ。」

 

※ケーニヒスクローネのフォンダンショコラに感動したので書きました。美味いよしかし。img_1735img_1739

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「パンより普通に/食レポ/ほのほ」への3件のフィードバック

  1. 前回の話と繋げるとは凄い。フォンダンショコラはねっとり感が凄くて口の中の水分がもってかれるのであまり好きではない。が、めっちゃ旨そう。そもそもこんな商品見たことないから、どこに売ってるのか教えてほしい。

  2. コメントを読んで探したら見つかりました。それも読んで、確かにパンもケーキもショコラもいわば西洋の食べ物ですがやはり少しこじつけ感はあるように思います。ただこの発想は好きです。フォンダンショコラ、の食レポはとても美しい。チョコ好きな自分は絶対食べたいと思いました。

  3. いやーすごいですねほんとに。発想も言葉も。フォンダンショコラをこれだけの量の言葉で語れるところにまず感心しちゃいます。甘いのだいすきなので、是非食べたいとおもいました。

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